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札幌地方裁判所 昭和59年(行ウ)19号 判決

原告

椿原定男

外一一名

原告ら訴訟代理人弁護士

尾山宏

江本秀春

門井節夫

後藤徹

横路民雄

川村俊紀

原告椿原定男訴訟代理人弁護士

森川金寿

佐伯靜治

戸田謙

芦田浩志

立木豊地

重松蕃

新井章

高橋清一

柳沼八郎

藤本正

深田和之

被告

北海道教育委員会

右代表者委員長

小林純幸

右訴訟代理人弁護士

山根喬

上口利男

太田三夫

右指定代理人

三上一雄

外四名

主文

一  被告が原告らに対して、昭和五九年二月一八日付でした別紙「懲戒処分一覧表」の「処分内容」欄記載の各処分を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、別紙「懲戒処分一覧表」の「所属」欄記載の学校に勤務する地方公務員であり、北海道教職員組合(以下「北教組」という。)の本部中央執行委員である原告らが、昭和五七年一二月一六日に同年度の人事院勧告の完全実施を求めて行ったストライキ、昭和五八年二月二五日に昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の完全実施を求めて行ったストライキ及び昭和五八年一〇月七日に同年度の人事院勧告の完全実施を求めて行ったストライキについて、これらを実行せしめたことを理由として、原告らの懲戒権者である被告から懲戒処分(減給六月)を受けたので、原告らにおいて右懲戒処分が違法であると主張して、その取消を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者など

(一) 原告らは、昭和五七年一二月ないし昭和五八年一〇月当時、別紙「懲戒処分一覧表」の「所属」欄に記載の学校に、同表の「職名」欄に記載の教諭、養護教諭又は事務職員として勤務していた北海道の地方公務員であって、いずれも北教組に所属し、その本部中央執行委員の地位にあった。

(二) 北教組は、北海道の公立学校に勤務する教職員らによって組織された職員団体であり、日本教職員組合(以下「日教組」という。)に加盟し、日本公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」という。)に参加している。

なお、日教組は、地方公務員である公立学校教職員らによって都道府県単位で組織されている教職員組合をもって組織する連合体であり、公務員共闘は、日本国家公務員労働組合共闘会議と地方公務員関係労働組合共闘会議とが、相互に情報交換、戦術調整等を行って統一行動を組むために組織したもので、国家公務員、地方公務員及び政府自治体関係労働者によって組織されており、中央組織と地方組織とがある。

(三) 被告は、原告らの懲戒権者である。

2  北教組は、昭和五七年一二月一六日に同年度の人事院勧告の完全実施を要求して、昭和五八年二月二五日に昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の完全実施を要求して、同年一〇月七日に同年度の人事院勧告の完全実施を要求して、いずれも午前二時間の争議行為を実行した(以下順に「一二・一六の争議行為」、「二・二五の争議行為」、「一〇・七の争議行為」といい、これらをあわせて「本件争議行為」という。)。

3  被告は、昭和五九年二月一八日付で、原告らに対して、本件争議行為を実行せしめたことを理由として、減給六月に処する旨の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。

4  原告らは、本件処分につき、昭和五九年四月一一日、北海道人事委員会に対して、不利益処分の審査請求を申し立てたが、裁決がないまま審査請求をしてから三か月(昭和五九年七月一〇日)が経過した。

二  争点

1  原告らの行った本件争議行為が地方公務員法(以下「地公法」という。)二九条一項所定の懲戒事由に該当するか。

2  地公法三七条一項は、憲法二八条に違反するか。

3  本件処分は、地公法二九条一項の適用上、憲法二八条に違反するか。

4  本件処分が懲戒権の濫用に当たるかどうか。

これらの争点に関する当事者双方の主張は、別紙「当事者の主張」のとおりである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(原告らの行った本件争議行為が地公法二九条一項所定の懲戒事由に該当するか。)について

1  前提となる事実(争いのある事実についてのみ証拠を掲記する。)

(一) 一二・一六の争議行為に至る経緯

(本項においては、日付等のうち昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの間のものについては、同年の記載を省略することがある。)

(1) 北教組の本部中央執行委員会は、昭和五七年度の運動方針案の一つとして、「第二臨調・政府・独占の反国民的・軍拡の『行革』路線を粉砕し、生活を守り向上させるたたかいを強化」することを掲げ、その中で、人事院勧告に関し、「勧告後は政府に対して速やかな給与法の改正と早期支給を要求してたたかいます。『行政改革』等を口実とした実施時期の値切りや賃金抑制・賃金合理化を条件とする給与法改正を絶対に許さないため、全国的な闘争および道段階の公務員共闘を中心とするたたかいを強化します。闘争の山場の具体的戦術は強力なストライキを基軸とする日教組方針にもとづいてたたかいます。」との内容を運動方針とする旨決定し、六月一七日から一九日にかけて第八二回定期大会を開催、右運動方針案を提示し、右運動方針案は、議決された(甲二〇、証人兼古哲郎)。

(2) 政府は、公務員の給与による歳出を抑制する姿勢を示していたところ(甲二九九ないし三〇六)、人事院は、八月六日、国会及び内閣に対し、一般職国家公務員の給与について、四月一日に遡って、平均4.58パーセント引き上げること等を求める勧告を行った(甲二二五、二四九)。しかし、政府部内では、右人事院勧告がされた後も公務員給与の抑制論が大勢を占めており、政府は、九月二四日の閣議において、危機的財政事情の下、公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があること等を理由として、給与改定を見送る旨の決定を行った(右決定に至る経緯の詳細は後記〔三2(二)(4)の(ロ)〕のとおり。甲三二〇ないし三二九、乙四)。なお、同決定では、地方公務員についても、国家公務員に準じた措置を講ずべきであり、その旨地方公共団体に要請するものとされ、同日、同旨の自治事務次官通知が発せられた(乙四)。

(3) これに対して、公務員共闘は、一〇月五日、拡大共闘委員会において、臨時国会の山場に統一ストライキを配置することを提案し、これを受けて、各加盟単産において、右提案を持ち帰って討議することになった(甲二八〔NO・六六五。以下、同号証については、原則として発行番号で書証を特定する。〕)。

このような状況を受けて、北教組の本部中央執行委員会は、中央執行委員長名義で、一〇月八日、「秋期・年末闘争の当面する取り組みについて」と題する指示を各支部長宛に発し、その中で、情勢を「公務員共闘は(中略)国会審議の山場には半日を目標とするストライキ体制の確立を加盟単産に呼びかけています。日教組はこの山場の戦術として午前半日ストライキを第一〇七回中央委員会の原案とすべきかどうかを検討しています。」と分析した上で、当面する取り組みとして、「各支部・支会は国会審議の山場に向けたストライキ体制の万全をはかるため、分会オルグ活動を強化すること」、「国会審議の山場にむけたストライキの批准投票と決行体制を圧倒的に成功させるため、職場討議資料(一〇月末発行)を中心に学習を深めること」等を指示した(甲八一)。さらに、同委員会は、秋季年末闘争の運動方針案の一つとして、「第九七臨時国会から八三年度予算編成・確定期にむけて軍事費削減、教育・福祉の充実、人勧・仲裁完全実施を要求の中心にすえ、幅広い国民運動として高揚をはかりながら要求の前進をめざす」ことを掲げ、その中で、人事院勧告に関し、「臨時国会の最重要段階には総評・公務員共闘の強力な統一ストライキでたたかい要求の実現をめざします。戦術規模は第一〇七回日教組中央委員会決定によります。この中央委員会に北教組は午前半日ストライキの方針でのぞみます。」との内容を運動方針とする旨決定し、一一月二日に第七九回中央委員会を開催、右運動方針案を提案し、右運動方針案は議決された(甲二一、証人兼古哲郎)。

日教組は、一一月四日及び五日の両日、第一〇七回中央委員会を開催し、人事院勧告の完全実施などを要求して、公務員共闘の統一ストライキとして、臨時国会の最重要段階には午前半日を目標としてストライキを実施すること及びストライキ戦術の行使に当たっては、全組合員に対する指令権を中央執行委員長に委譲することを決定した(甲一二)。

ストライキの具体的戦術については、公務員共闘が一二月八日の戦術会議で、衆議院予算委員会の山場と予想される同月一六日に二時間規模のストライキを、参議院予算審議の重要段階においても二時間規模のストライキをそれぞれ実施する旨決定したことを受けて(甲二八〔NO・六七一〕)、日教組は、一二月一〇日に全国戦術会議を開催して、日教組としてもそれぞれ午前二時間ストライキをもって参加することを決定した(証人槇枝元文、乙一五)。

(4) 他方、北海道内では、北教組と北海道当局との間で、北海道人事委員会勧告実施への交渉が断続的に続けられていたが、北海道当局との交渉は、中川副知事が「国会の情勢や他府県の動向を見極める必要があるので、四定(第四回定例道議会)で措置することは現時点で困難である」と述べるなど(甲三八〔NO・二四号。以下、同号証については、発行番号で書証を特定する。〕)、北海道人事委員会勧告実施の方向にはなかなか向かわなかった。また、一二月一〇日から開かれていた第四回定例道議会において、一二月一五日、北海道知事が、「公務員給与は、法令の定める諸原則に従い決定され、支給されるものでありまして、従来から国家公務員に準じて改定を行ってきた経緯もありますので、単に道の財政上の観点から判断できない問題であると考えております。」と答弁するなど(甲三四四)、人事院勧告が実施されない限り北海道人事委員会勧告を実施させることは難しいと思われる状況であった。

中央では、第九七回臨時国会において、一二月一五日、中曽根首相が、前内閣の閣議決定には手続的な不備があったが、閣議決定を白紙に戻すつもりはない旨を述べる(甲二五九)など、人事院勧告の実施を期待できる状況ではなかった。

(5) 北教組は、一二月一五日ころ、各支部に一二月一六日早朝二時間のストライキ突入を指令し、同日、人事院勧告の完全実施を求めて、公務員共闘の統一行動の一環として、早朝二時間のストライキを行った(83.42パーセントの組合員がストライキに参加した。甲一一二)。

(二) 二・二五の争議行為に至る経緯

(本項においては、日付等のうち昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの間のものについては、同年の記載を省略することがある。)

(1) 北教組の本部中央執行委員会は、昭和五七年度の運動方針案の一つとして、「第二臨調・政府・独占の反国民的・軍拡の『行革』路線を粉砕し、生活を守り向上させるたたかいを強化」することを掲げ、その中で、北海道人事委員会勧告に関し、「賃金地方確定闘争においては、(中略)勧告後は完全早期支給を要求し、議会共闘を強化しながら山場には大衆動員を配置してたたかいます。人勧[北海道人事委員会勧告]値切りの動向がある場合は、日教組の特別指令を得てストライキでこれを阻止します。」との内容の運動方針とする旨決定し、前記の第八二回年次大会を開催して、右運動方針案を提示し、右運動方針案は、議決された(甲二〇、証人兼古哲郎)。

(2) 北海道人事委員会は、一〇月二二日に、道議会議長及び北海道知事に対し、一般職地方公務員の給与について、四月一日に遡って、平均4.53パーセント引き上げること等を求める勧告を行った。しかし、これに先立つ九月二四日に、政府が国家公務員の給与改定を見送る旨の閣議決定を行っていたこともあって、北海道当局は、北海道人事委員会勧告の実施に消極的な姿勢を示していた(甲三、三八〔NO・一九、二三、二四、二九、三〇〕、三四三)。

(3) 北教組は、二月八日及び九日の両日、第八三回定期大会を開催し、北海道人事委員会勧告の八二年度中の完全実施を要求し、闘争の山場では早朝二時間のストライキで戦うこと等を決定した(甲二二)。

(4) 二月二五日未明、北教組は、北海道教育委員会と交渉を行い、北海道人事委員会勧告について北海道教育委員会の「国において依然として実施されない状況の中で、改定にふみ切れず、決定をするに至っていない。道議会への提案については、国・他府県の動向が動きうると考えており、継続して交渉していきたい。」との回答を不満として、同日早朝二時間ストライキを行うことを通告した(甲三八〔NO・三八〕)。

(5) 北教組は、北海道教育委員会との交渉終了後、各支部に同日早朝二時間のストライキ突入を指令し、同日、北海道人事委員会勧告の完全実施を求めて、早朝二時間のストライキを行った(81.03パーセントの組合員が参加した。甲三八〔NO・三八〕、一一二)。

(三) 一〇・七の争議行為に至る経緯

(本項においては、日付等のうち昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までの間のものについては、同年の記載を省略することがある。)

(1) 日教組は、七月五日、第一〇九回臨時中央委員会を開催し、人事院勧告完全実施のため、人事院勧告期、確定期に展開される公務員共闘の統一行動に積極的に参加する、特に閣議決定期に最重点を置き、公務員共闘の統一ストライキに、日教組は早朝二時間の勤務時間カットのストライキを組織すること及びストライキ戦術の行使に当たっては、全組合員に対する指令権を中央執行委員長に委譲すること等を決定した(甲一四)。

これを受けて、北教組の本部中央執行委員会は、中央執行委員長名義で、七月七日、「八三人勧、公務員制度見直しにむけた当面する取り組みについて」と題する指示を各支部長宛に発し、その中で「八三人勧完全実施のための閣議決定期にむけた早朝二時間カットのストライキに関する批准投票は、七月一八日(月)〜二〇日(水)の間に行うこととし、報告は七月二二日まで本部組織部に行うこと」等を指示した(甲八四)。この指示に基いてストライキ批准投票が実施され、開票の結果、ストライキの賛成率は73.59パーセントであった(証人兼古哲郎)。

(2) 臨時行政改革審議会が同年度の人事院勧告の実施につき慎重な提言をする中(甲二八〔NO・六九九〕、九一)、人事院は、八月五日、国会及び内閣に対して、一般職国家公務員の給与について、四月一日に遡って、平均6.47パーセント引き上げること等を求める勧告を行った。右人事院勧告を受けて、政府は八月五日、第一回の給与関係閣僚会議を開催したが、二年続きの人事院勧告凍結はしないことを確認しただけで結論は持ち越された(甲二八〔NO・七〇〇〕、二二五、二五〇)。

(3) このような状況の下、公務員共闘は、八月九日に、常任幹事と戦術委員との合同会議を開催して、臨時国会(九月八日開催)直前の九月五日を政府回答日に指定して、翌九月六日に早朝二時間の統一ストライキを配置することを決定し(甲五六、二八〔NO・七〇一〕)、日教組も、八月二二日、全国戦術会議を開催して、公務員共闘の統一ストライキに参加することを決定した(甲五六)。

(4) 公務員共闘は、前記回答指定日の九月五日に、官房長官及び総務長官と交渉したが、総務長官らの回答は、いずれも二年連続の凍結をしないことは確認されているが、取扱について結論が出ていない、決定に至るまで協議は誠意をもって継続していきたいというにとどまり、翌六日の統一行動は是非とも自重されたいと要請してきた(この間の政府当局の動向は後記〔三2(二)(4)の(ハ)のとおり)。公務員共闘は、右回答を不満としたが、政府が交渉を継続すると約束した以上、これを受け入れることとし、九月五日のストライキを中止した(本項につき、甲二八〔NO・七〇四〕)。

(5) このような状況の下、北教組の本部中央執行委員会は、秋季年末闘争の運動方針案の一つとして、「臨調『行革』の賃金抑制・合理化政策と対決し、八三人勧完全実施のたたかいをすすめ」ることを掲げ、その中で、人事院勧告に関し、「閣議決定期には公務員共闘、日教組の全国統一闘争である早朝二時間カットのストライキに積極的に参加します。」との内容を運動方針とする旨決定し、九月七日から九日にかけて第八四回年次大会を開催、右運動方針案を提案し、右運動方針案は議決された(甲二三)。

公務員共闘は、九月九日に、拡大共闘委員会を開催し、人事院勧告完全実施のための統一ストライキを一〇月七日に配置し、その前日の六日に政府回答を引き出す、との方針を決定した(甲一六、八六)。

このような状況を受けて、北教組の本部中央執行委員会は、中央執行委員長名義で、九月二六日、「人勧完全実施を中心とする当面の八三秋期闘争について」と題する指示を各支部長宛に発し、その中で、「各支部・支会・分会は再配置した一〇月七日早朝二時間のストライキについて万全の闘争体制をはかること」を指示した(甲八六)。

(6) 公務員共闘は、その後一〇月六日に至るまで、総理府人事局長、大蔵省主計局給与課長、自治省、文部省、行政管理庁、労働省等との交渉を重ね、同月六日には官房長官、総理府総務長官と個別に交渉を行ったが、官房長官らの回答はいずれも、引き続き検討中で政府としては一〇月七日に給与関係閣僚会議を開いて検討すると述べたにとどまり、結論を出す時期や検討経過についての説明はなかった(甲二八〔NO・七〇六ないし七〇九〕)。

(7) 北教組は、一〇月六日ころ、各支部に一〇月七日早朝二時間のストライキ突入を指令し、同日、人事院勧告の完全実施を求めて、公務員共闘の統一行動の一環として、早朝二時間のストライキを行った(82.4パーセントの組合員がストライキに参加した。甲一一二)。

(四) 北教組の組織(甲二)

北教組の意思決定機関として大会があり、支部組合員数に応じ支部から選出された代議員により構成されている。大会に次ぐ決議機関として、大会から委任された事項等を決定する権限を有する中央委員会があり、支部組合員数に応じ支部から選出された中央委員で構成されている。

また、執行機関としては、中央執行委員会が置かれ、その組織は、全組合員の直接選挙により選出された中央執行委員長、中央執行副委員長、書記長、書記次長及び会計委員各一名並びに中央執行委員若干名から構成されている。中央執行委員会は、大会及び中央委員会に提案する運動方針その他の議案を作成し、その他諸会議における議案の作成に当たるとともに、大会及び中央委員会で決定された事項を執行し、これらの機関から委任された事項の決定を行うなどの任務、権限を有する機関である。

2  処分事由該当性の有無

原告らが、本件争議行為当時、北教組の本部中央執行委員の地位にあったことは当事者間に争いがないところ、右認定事実によれば、原告らは、執行機関である本部中央執行委員会の構成員として、本件争議行為の実施を内容とする運動方針案を決定し、定期大会、年次大会、中央委員会を開催して右運動方針案を提案し、議決された運動方針案に従って本件争議行為決行に向けたストライキ体制の確立を指示する文書を作成、配布した上、中央執行委員長名義で本件争議行為突入の指令を発したことが認められる。このような本件争議行為実施に至るまでの原告らの一連の行為は、本件争議行為を企て、あるいはその遂行を共謀したものであると認められ、いずれも地公法三七条一項の規定に違反するというべきである。けだし、争議行為を企てるとは、争議行為の実行計画の作成、その議決のための会議の開催など、争議行為発生の具体的危険を生じさせる行為を指し、遂行の共謀とは、争議行為実行のための具体的計画の謀議行為を指すと解されるからである。

したがって、原告らの一連の行為は、いずれも地公法三七条一項の規定に違反し、同法二九条一項一号の懲戒事由に該当するものである。

二  争点2(地公法三七条一項は、憲法二八条に違反するか。)について

1 憲法二八条は勤労者の団結権、団体交渉権、争議権の労働基本権を保障しているが、これは憲法二五条の生存権の保障を基本理念とし、使用者に対して経済的劣位に立つ者として労働者に対して、実質的な自由と平等とを確保し、利害の対立する使用者と実質的に対等な立場に立つことを促進し、労働者の経済的地位の向上を図ろうとするものであるところ、原告ら地方公務員も自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものであって、経済上の実質的な自由と平等とを確保することが必要な点で私企業の勤労者と異なるところはないから、憲法二八条に規定する「勤労者」に該当するというべきである。しかし、憲法は、地方公務員については、私企業の勤労者と同様な形ではその団体交渉権、争議権を保障せず、以下のとおり、地方公務員について、その身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についてその利益を保護し、公正かつ妥当な勤務条件の享受を保障する実効性のある制度、すなわち代償措置をもうけることを前提として、法律により、争議権に合理的な制限を加えることを許したものであり、右趣旨に沿う適切な代償措置がもうけられている以上、地公法三七条一項は、憲法二八条に違反しないというべきである(最高裁五・二一判決、最高裁四・二五判決参照)。

2(一)  地方公務員が、争議権を制限される理由の第一は、憲法一五条に示される公務員の地位の特殊性と職務の公共性に求めることができる。

すなわち、地方公務員は、地方公共団体の住民全体に対する奉仕者として、右住民全体、ひいては国民全体に対して労務提供義務を負うものであり、そこから地域住民に対し公務(行政サービス)を安定的に供給すべきことが要請される。地域住民ないし国民が、一定範囲の職務を公務として、所要の財源を負担してもなおこれを地方公務員によって遂行する制度を維持しているそもそもの理由は、根元的には、これらの職務が地域住民全体、ひいては国民全体の生活上の利益に密接につながった公共性を有しているため、その職務が絶え間なく、しかも常に円滑に遂行される状態を安定的に確保しておきたいとの要請があるからにほかならない。この地方公務員の地位の特殊性ないし職務の公共性に根ざす公務供給の安定性・継続性の要請は、地方公務員の争議権を制限し、争議行為を禁止する一理由となる。

(二)  理由の第二は、いわゆる財政民主主義(憲法八三条)と勤務条件法定主義(同法七三条四号)の要請である。

地方公務員の職務は、前述のとおり、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のために行われるものであって、その円滑で安定的な職務の遂行を確保することの重要性のゆえに、これらの職務にたずさわる者の勤務条件は、民意に基づき、議会の制定する法律や条例などによって定められ(勤務条件法定主義)、またその給与が地方公共団体の税収などを財源としてまかなわれることとなる関係上、これまた議会の論議・議決を通じ、当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によって決定すべきものとされる(財政民主主義)。

このように地方公務員の給与その他の勤務条件は、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって、民意に基づき、議会の民主的な手続に従って決定されるべきものとされていることからすると、議会が右の点に関して自由に討議し、民意を反映した決定をし得る状態を実質的に保全しておくことが必要であって、外部からの圧力によりこれが妨げられることがあってはならない。このことは、行政当局側あるいは地方公務員側のいずれの側からの牽制・圧力に対しても同様にあてはまることであるが、いまこれを、地方公務員側による争議行為との関連において考えるのに、地方公務員による争議行為はいわゆる市場の抑制力を欠くため、地方公務員にとっては倒産、失業の心配がなく、歯止めのない争議行為に走り易い。その結果、地方公務員による争議行為は場合によっては、使用者たる行政当局に対する一方的で強力な圧力となり、ひいては議会において民主的な手続きに従ってなされるべき地方公務員の勤務条件の決定手続をゆがめるおそれがある。かかる意味において、財政民主主義、勤務条件法定主義も地方公務員の争議行為を禁止する一理由となる。

(三)  争議権の保障は、勤労者の経済的地位の向上の手段として認められたものであり、それ自体が目的とされる絶対的なものでないことは明らかであり、地方公務員の争議権と右(一)、(二)に見てきた争議権の控制原理との調和の方式は合理的な理由のある限り国会の立法裁量に委ねられているというべきである。そして、右(一)、(二)の事実を考慮すると、地方公務員について、妥当な勤務条件の享受を保障する実効性のある制度(代償措置)がもうけられる限り、地方公務員の争議権を全面的に否定することに必ずしも合理的な理由がないとはいえず、地公法三七条一項を直ちに違憲ということはできない。

この点に関し、原告らは職務の公共性の程度を考慮せずに、地方公務員の争議行為を全面一律に禁止しているのは憲法二八条に違反するという。もとより、職務の公共性に程度の差があることは原告ら主張のとおりである。しかし、職務の公共性に根ざす安定性・継続性の要請は、その職務がいわゆる統治作用に属するときには最も顕著なことであるが、いわゆる住民サービスに属するものであっても軽視し得ない。後者の場合、職務遂行の瞬時の中断をも認められないというほど強い要請ではないとはいえ、納税者たる住民の強い願望に裏うちされているということができる。加えて、右(二)のとおり、地方公務員による争議行為には市場の抑制力が欠けているために、地方公務員の勤務条件の民主的な決定手続きをゆがめるおそれのあることをも考慮すれば、公務の継続性を貫徹させたいという住民の願望を考慮して職務の公共性の程度を考慮せずに、地方公務員の争議行為を全面一律に禁止することも、合理的な理由を欠くということはできず、国会の立法裁量の範囲内にとどまっているというべきである。この点に関する原告らの主張は採用できない。

3  前記1のとおり、憲法は、地方公務員について、その身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についてその利益を保護し、公正かつ妥当な勤務条件の享受を保障する実効性のある制度、すなわち、代償措置をもうけることを前提として、法律により、その団体交渉権及び争議権に合理的制限を加えることを許したのであるから、地公法三七条一項による地方公務員の争議行為一律禁止の条項が憲法に適合するというためには、右趣旨に沿う代償措置がもうけられていることが必要であると解されるので、この点について検討する。

(一) 国公法は、国家公務員に関する代償措置として、身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件について詳細な規定を設け、殊に給与については、法律によって定められる給与準則に基づいて給与を支給し(同法六三条、六六条、なお六七条)、その給与準則には俸給表のほか法定の事項を規定するよう求める(同法六四条、六五条)等、いわゆる法定された勤務条件を保障している。更に、中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設け、これに、国家公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、いわゆる情勢適応の原則により、国会及び内閣に対し勧告又は報告をすることを義務づけている(同法三条、二八条)。そして、国家公務員たる職員は、個別的に又は職員団体を通じて俸給、給料その他の勤務条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置の要求をし(同法八六条)、あるいは、もし不利益な処分を受けたときは、人事院に対し審査請求をする途が開かれている(同法九〇条)のである。このように、国家公務員は、労働基本権に対する制約の代償措置として、制度上整備された生存権擁護のための関連措置による保障を受けている。

この点に関し、原告らは、人事院勧告制度以外の代償措置とされるものについて、(イ) 公務員の身分などに関する詳細な法定は、元来、全体の奉仕者という公務員の地位・職務の特殊性から、国民のための公務員制度を確立しようとしたものにほかならず、給与などの勤務条件法定主義も、憲法二七条二項に基き、労働条件の法定主義を公務員について定めたもので、争議行為禁止の代償と結びつくものではなく、また、不利益処分に対する審査請求の制度は、一般的な行政処分に対する行政不服審査制度を公務員に対する不利益処分について規定したものであり、いずれも公務員の争議権を制約したこととは無関係である、(ロ) これらの制度が創設された経過にかんがみても、これらの制度はいずれも、争議権が剥奪された後に創設された制度ではないから、これらを争議行為禁止の代償措置と認めることはできない、などと主張する。しかし、代償措置の問題は基本的に、争議行為を禁止することによって得られる利益とこれによって損なわれる利益の均衡が崩れていないかの問題であるから、代償として当該制度が創設されたか否かとは一応区別されるべき問題であり、これらの制度が実質上代償措置としての機能を果たしているか否かを問題とすべきところ、右各制度は、法律事項に反する行政当局の行為を覊束するという形を通じて、事実上公務員の勤務条件を保障する機能を果たしており、しかも、保障される勤務条件は、民間労働者が享受している労働条件と同程度に設定されていると認められる(国公法二八条参照)。したがって、原告らの右主張は採用できない。

(二) 次に、地方公務員に対する代償措置についてみると、地公法上、地方公務員にもまた国家公務員の場合とほぼ同様な勤務条件に関する利益を保障する定めがされている(殊に給与については、地公法二四条ないし二六条など)ほか、人事院制度に対応するものとして、これと類似の性格をもち、かつ、これと同様の、又はこれに近い職務権限を有する人事委員会及び公平委員会の制度(同法七条ないし一二条)が設けられている。そして、右各制度は、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置として、一応、適切な条件を具えていると認められる。確かに、地方公務員に関するこれらの制度は国家公務員における人事院制度より弱体とみられるし(特に公平委員会は、その構成及び職務権限上、地方公務員の勤務条件に関する利益の保護のための機構として、必ずしも常に人事院の場合ほど効果的な機能を発揮しうるものと認められるかどうかについて問題がないわけではない)、立法論としてはなお考慮の余地がないではない。しかし、人事委員会及び公平委員会も中立的な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造をもち(同法九条一項、九項)、かつ、必要な職務権限を与えられている(同法二六条、四六条、四九条の二)点においては、人事院制度と本質的に異なるところはない。

そもそも、民間の労働者であっても、争議権が付与されたからといって常に賃金その他の勤務条件について自らが最も満足する結果が得られるわけではなく、対使用者との関係で相対的な形で自得せざるを得ない場合があるのである。したがって、地方公務員における代償措置も職員の要求を完全に充足する程度のものまで保障されている必要はなく、労働者にふさわしい生活利益を擁護し得るものであること、より具体的にいえば、他の労働者、特に国の職員や民間の労働者の平均的な賃金その他の勤務条件と大局的に見て懸隔のない程度のものを保障する制度が確立されておれば足りるというべきである。現行制度はこの意味においてそれが適切に運用される限り、地方公務員の生活利益を擁護し得るに足りる制度ということができ(同法一四条参照)、かかる意味において、制度上、代償措置としての一般的要件を満たしているものと認めることができる。

(三) 原告らは、ILOのドライヤー報告、結社の自由委員会の勧告などを根拠として、現行の人事委員会制度などは、地方公務員の労働基本権の制約に対する代償措置としての要件を備えていないと主張する。なるほど、前記ILOの勧告では、労働基本権の制約に対する代償措置としては、原告らの主張する要件(①公平な機関により決定されること、②調停・仲裁手続であること、③当事者の参加が保障されること、④その機関による裁定が両当事者を拘束し、完全かつ迅速に実施されること)が必要とされており、右見解によれば、わが国の地方公務員に対する前記代償措置は、代償措置としての基準を満たしていないのではないかとの疑問を生じさせる。しかし、ILO関係諸機関の勧告は、労働者の利益促進のための国際的立場からかなり理想的(努力目標的)なものを指向している部分が少なくなく、各国の実情に応じてその基準自体も修正される余地がある。例えば、人事委員会勧告の拘束力については、わが憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法四一条、八三条等参照)からの制約もあるのであるから、原告らの主張の要件を完全に満たしていないからといって、直ちに現行の代償措置が不十分であって、地公法三七条一項が憲法二八条に違反するということはできない。

さらに、右ILOの勧告において公平な機関により決定されること、とされている点については、人事委員会及び公平委員会の委員は議会の同意を得て、地方公共団体の長が選任し(地公法九条一項)、かつ、地方公共団体の議会の議員及び当該地方公共団体の地方公務員の職を兼ねることができないとされ(同法九条九項)、人事委員会及び公平委員会も公平な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保障するための基本的構造を有しているといってよい。

また、当事者の参加が保障された調停・仲裁手続により決定されること、とされている点については、勤務条件の最終的な決定過程に参加することが保障されていれば、その手続で得られた結論は両当事者の納得を得やすいことは確かであるが、しかし、情勢適応の原則(地公法一四条)に則って提示される人事委員会勧告には、自らの勤務条件の決定過程に直接参加できる立場にない地方公務員を含めた労使双方の納得できる勤務条件を設定することを期待できるといってよい。加えて、そもそもILOの勧告が調停・仲裁手続を設けることを要求する趣旨は、労働者に対して自らの勤務条件について、使用者と対等な立場で交渉する手続を保障することを要求するところにあると解されるところ、現行の地公法は、労働協約を締結することは認めていないものの(五五条二項、なお同条九項)、地方公務員に使用者である地方自治体当局に対して自らの勤務条件について、一定の合意の達成を目標として交渉(団体交渉)をする権利を付与しており(五五条)、使用者と対等な立場で交渉する手続構造を用意しているといってよい。

さらに、決定された結論が、使用者を拘束し、完全かつ迅速に実施されること、とされている点については、人事委員会勧告が使用者たる地方自治体当局を当然に拘束すると解することは、議会制民主主義(憲法四一条、八三条参照)に抵触するおそれがあることは既に述べたとおりである。もとより、憲法が、実効性のある代償措置を設けることを前提として、公務員の争議権を法律により制限することを許容した趣旨にかんがみれば、人事委員会勧告に実効性がなく、これが誠実に実施される蓋然性のないままの状態で争議権を制限することは違憲であるとのそしりを免れないが、しかし、地方公共団体及び議会は、憲法九九条により憲法尊重擁護義務を負うものであって、これを十分に尊重し真摯に実施することが予定されているのであるから、人事委員会勧告に使用者たる地方自治体当局は事実上拘束される建前になっているといってよい。現実にも、紆余曲折はあったものの、北海道人事委員会の勧告は昭和四五年度以降昭和五五年度まで完全に実施され、地方公共団体において勧告を尊重し完全実施するとの慣行が確立していたのである。

結局、前記ILOの勧告を前提にしても、地公法三七条一項による争議権の制限が違憲であるとは認められない。

4  以上のとおり、地公法三七条一項が地方公務員の争議行為を一律に禁止している趣旨は、地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益の確保にあると認められ、その目的は正当というべきであり、また、制度上適切な代償措置が講じられている以上、利益の均衡も保たれているというべきである。したがって、地方公務員の争議行為を一律に禁止した地公法三七条一項が憲法二八条に違反するということはできない。

三  争点3(本件処分は、地公法二九条一項の適用上、憲法二八条に違反するか。)について

1  原告らは、仮に地公法三七条一項が憲法二八条に違反しないとしても、それは争議行為制限の代償措置が正常に機能していることを前提とするところ、本件においては代償措置としての人事院勧告ないし人事委員会勧告が完全な形では実施されず、争議行為制限の代償措置が正常に機能していない状況にあったのであるから、代償措置の機能の正常化を求めるために行われた本件争議行為に地公法二九条一項を適用して懲戒処分をすることは、同条の適用上憲法二八条に違反する旨主張する。

公務員の労働基本権を制約するには、その前提として実効性のある代償措置が講じられていることに加えて、これが適切に運用されていることが必要であると解される。すなわち、国家公務員ないし地方公務員の争議行為の禁止を厳しく求める以上は、代償措置が設けられているだけでなく、これが実効性あるものとして機能し、国家公務員ないし地方公務員に対し適切な勤務条件を現実に保障することが要請されるというべきであり、勧告をそのまま実施しないことが、国会、政府及び地方公共団体において真に誠実に人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施に向けて努力を尽くした上のことでやむを得ないと認められる場合は別として、人事院勧告ないし人事委員会勧告が完全には実施されず、軽視あるいは無視されて代償措置が本来の機能を果たさずその実効性を失うような事態に立ち至ったときには、国家公務員ないし地方公務員としては、この制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出ることは、例外的に、憲法上許容される余地があると認められる(最高裁五・二一判決の岸盛一・天野武一・団藤重光裁判官補足意見参照)。

人事院勧告制度は、代償措置の中で最も重要なもののひとつであり、給与などの勤務条件改善のためのほとんど唯一の手段である。したがって、人事院勧告が誠実に実施されないことは、代償措置が本来の機能を果たさず、その実効性を失うような事態の生じていることを意味し、違憲状態を招きかねないものであるから、憲法九九条により憲法尊重擁護義務を負う国会及び政府としてはこれを十分尊重し、真摯に実施するよう努めなければならない。国会及び政府側において真摯誠実に努力を尽くした上のことで、人事院勧告を実施しないことが真にやむを得ないと認められる場合は別として、国民を納得させるべき何ら合理的な理由もなく、人事院勧告の全部もしくは大部分が実施されないなど、人事院勧告制度が明らかに不十分な機能しか果たしていない場合には、代償措置がその本来的機能を失ったとみられ、右のような事態に立ち至ったときには、国家公務員がこの機能の回復を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出ることは、例外的に、憲法上許容される余地があると解すべきである。地方公務員と人事委員会勧告との関係についても同断である。したがって、適用違憲の判断においては、国会、政府及び地方公共団体において、人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施について真摯誠実に努力を尽くしたか否かが大きな要素になるというべきである。

ところで、原告らはいずれも地方公務員であって、人事院勧告制度は原告ら地方公務員に関するものではなく、地方公務員の勤務条件については、人事委員会が給与その他の勤務条件等について絶えず研究し、その結果を地方議会・地方公共団体の長又は任命権者に提出し(地公法八条一項二号)、あるいは公平委員会が給与その他の勤務条件に関し、必要な措置を執る(同法八条二項一号)こととされている。しかし、地方公務員の給与は、「国……の職員……の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」と定められている(地公法二四条三項)のみならず、後述(三2(一))のように、自治省の強力な行政指導があるため、国家公務員の給与に準じて決定されているのが実情である。したがって、その限りで、人事院勧告制度は、原告ら地方公務員自身の労働基本権制約の代償措置と同視しうるものである。

かかる観点から、以下、本件争議行為が憲法上許容されるものであるか否かを検討する。

2  前提となる事実(争いのある事実についてのみ証拠を掲記する。)

(一) 人事委員会勧告制度下の地方公務員の給与決定システム

(1) 人事委員会は、毎年少なくとも一回、地方公務員の給料表が適当であるかどうかについて、地方公共団体の議会及び長に同時に報告するものとされ、給与を決定する諸条件の変化により、給料表に定める給料額を増減することが適当であると認められるときは、あわせて適当な勧告をすることができる(地公法二六条)と定められている。

(2) 地方公務員の給与は国の職員のそれとの権衡を考慮することが要求されている(地公法二四条三項)のみならず、国家公務員に対する給与が人事院勧告に基づいて出されると、自治省などの強い行政指導によって地方自治体において地方公務員に対しても国に準じた政策がとられるのが通例であって、地方公務員の給与などの勤務条件の決定について人事院勧告は決定的な影響を与えている(現に、後述〔三2(三)〕するとおり、北海道においても、人事委員会勧告は、国の人事院勧告の実施状況に準じた取扱がなされてきている。)。

さらに、公立学校の教育公務員の給与の種類及びその額は、教育公務員特例法二五条の五によって、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類及びその額を基準として定めると規定され、給料表は国立学校の教育公務員の俸給表を基準として作成されている。また、公立学校職員の給与の二分の一は国庫負担とされているが、その基準及び上限は国の法令によって定められているため、国立学校の教職員の給与に関する人事院勧告及びその実施状況が直ちに地方の教育公務員の給与等に影響を与えることとなっている。

(二) 人事院勧告と政府の対応(以下に述べる人事院勧告の内容及びその実施状況につき、甲二二五。本項全体につき、証人千葉正夫)

(1) 昭和二三年度の人事院勧告は政府においてほぼ勧告どおり実施されたが、昭和二四年度は実施されず、昭和二五年度から昭和二八年度までは完全には実施されず、ベースアップの金額の圧縮、実施時期の繰延べが行われた。人事院は、昭和二九年度は勧告をせず、昭和三〇年度から昭和三四年度までは俸給表の額を改定するというベースアップの勧告をせず、期末・勤勉手当の支給、俸給制度の改正、通勤手当の新設等につき勧告をしたが、勧告どおりに実施されたのは昭和三〇年度のみであり、その余の年度は実施時期が繰り延べられるなどした。

(2) 昭和三五年度から昭和四四年度までは、政府は人事院勧告に対し、実施時期を遅らせたものの、給与改定の内容は勧告どおりに実施した。

この間、昭和三九年一二月の衆議院内閣委員会において人事院勧告を完全実施しうるような予算措置を講ずることに最善を尽くすべきであるとの決議がされ、その後昭和四三年まで衆議院もしくは参議院の内閣委員会や予算委員会で人事院勧告を完全実施すべきであるとする決議がされた(甲二三二ないし二四四)。

他方、昭和四〇年から、政府部内において、人事院勧告の実施時期を早めるための検討が行われ始め(甲二二八)、現に実施時期は、昭和三九年度(九月一日実施)、昭和四二年度(八月一日実施)、昭和四三年度(七月一日実施)、昭和四四年度(六月一日実施)と漸進している。また、昭和四三年、国会論議の中で大蔵省が「総合予算主義」(当初予算を組むときに補正要因となる予想される支出を最大限に見積もり、後で補正予算を組むような方式はとらない)の方針を打ち出し(甲二三〇)、昭和四三年一二月二七日の給与関係閣僚協議会(第七回)において、「昭和四四年度予算の編成に当たっては、給与改善のためにあらかじめ一定額(五パーセントアップ分、月額にして四〇億円)を当初予算に計上すること、それでも足りないことがあるから、なお調整分として予備費に相当額を計上すること」という結論が出された(甲二四七)。しかし、昭和四四年度の取扱については、同年一月二八日の給与関係閣僚協議会(第八回)において、「人事院勧告は遅くとも昭和四五年度までに完全実施するよう努力し、人事院勧告を受けた時点でもう一度検討して善処する」という結論に落ち着いた(甲二四七)。

(3) 昭和四五年度の人事院勧告は政府において勧告どおり完全に実施(五月一日実施)され、同年一二月九日の衆議院内閣委員会において、当時の山中総務長官は、人事院勧告は完全実施していく、財政事情その他によって今後特殊な措置は取らないというルールを国民の前に明らかにしたいと考えていると答弁した(甲四八)。以後、昭和五五年度までは、人事院勧告は政府によって完全に実施され(昭和五四度、五五年度は指定職の給与改定時期を半年遅らせて実施した。)、当時の総務長官をして公務員労働関係における「慣熟した慣行」といわしめるほどになり(甲二一一)、公務員労働条件の改善は人事院勧告の完全実施によって果たされてきた。

しかし、昭和五五年一〇月三一日、自民党は、党内の「財政事情を配慮せず民間との比較をもとにした勧告を完全実施する必要はない」などの声を受けて、人事院勧告制度を見直す方針を決定し(甲五〇七)、昭和五六年三月、臨時行政調査会を発足させた(甲一六〇)。同調査会は、同年七月、「行政改革に対する第一次答申」を発表して、「公務員の定数の縮減・給与等の合理化による総人件費の抑制」を求め、本年度の給与改定について、適切な抑制措置を講じることを政府に要求した(甲一六〇)。

なお、昭和四五年度から昭和五三年度まで、当初予算に給与改善費として、五パーセント分が計上されていたが、昭和五四年度に2.5パーセント分に減額され、昭和五五年度には、二パーセント分に減額された(甲一四〇)。

(4) 昭和五六年度以降昭和六〇年度まで

(イ) 昭和五六年度

同年八月七日、人事院は、国家公務員の給与を、同年四月一日に遡って、平均5.23パーセント引き上げること等を求める勧告を行った。しかし、政府は、財政事情が逼迫していることを理由に、一般職の国家公務員の俸給表の改定は勧告どおり行うが、指定職及び管理職員については実施時期を一年繰下げて昭和五七年四月一日とし、また昭和五六年度中に支給される期末手当及び勤勉手当は昭和五五年度の俸給表を基礎として算定することを閣議決定し、これに基づく給与法の一部改正案を国会に提出し、可決された。

その際、当時の内閣総理大臣鈴木善幸は、昭和五六年一一月二六日開催の第九五回国会における参議院の行財政改革に関する特別委員会・内閣委員会・地方行政委員会・大蔵委員会連合審査会において、右措置は財政非常事態における異例の措置であり、毎年毎年今年のような異例の措置が繰り返されるようであれば、人事院制度の根幹に触れるような結果になるから、政府としては今後は人事院制度の持つ権威なり、勧告の重みを十分に心得て誠意をもって取り組む旨発言した(甲五二)。

(ロ) 昭和五七年度

(本項においては、日付等のうち、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの間のものについては、同年の記載を省略することがある。)

(a) 八月六日、人事院は、内閣及び国会に対し、国家公務員の給与に四月一日に遡って平均4.58パーセント引き上げるよう求める勧告を行った。政府は、八月六日、九月一日及び同月二〇日の三回にわたり、自民党幹事長等を含めて給与関係閣僚会議を開き、右勧告の取扱について検討したが、大蔵大臣、行政管理庁長官、自民党(政調会長、幹事長ら)は、行政改革の推進と関連させつつ、昭和五七年度も、前年度に引き続き五兆円から六兆円程度の税収不足が避けられない見通しとなったことなどを理由として、人事院勧告を抑制すべきであるとの意見を述べ、労働大臣や総理府総務長官らがそれに反対の意見を述べたものの、人事院勧告を抑制すべきであるとの意見が大勢を占めた(甲二八〔NO・六五八、六六一、六六二〕、三二〇ないし三二三)。

(b) 政府は、九月二〇日の給与関係閣僚会議の結果を受けて、九月二四日の閣議において、「未曽有の危機的な財政事情の下において、国民的課題である行財政改革を担う公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があることにかんがみ、また、官民給与の較差が一〇〇分の五未満であること等を総合的に勘案して、その改定を見送るものとする。」として、国家公務員の給与の改定を見送る旨の決定を行った(甲二八〔NO・六六三〕、乙四)。

鈴木善幸内閣総理大臣は、右同日、国家公務員の給与改定の見送りに関して談話を発表し、財政事情の悪化に伴う財政の緊縮により国民各層が痛みを分かち合わざるを得ない事態となった今日、国家公務員も給与改定の見送りを甘受することにより行財政改革に協力するよう要請するとともに(甲二七)、一〇月四日、自ら総評、同盟など関係各労働団体とも会見し、右の措置について理解と協力を求め、今回の措置は極めて異例なものであり、このような措置が繰り返されることのないよう最前の努力をする旨を述べた(乙五の1ないし3)。また、鈴木善幸内閣総理大臣は、右閣議決定に先立つ九月一六日、いわゆる「財政非常事態宣言」を発表し、「総理就任以来、……昭和五九年度に赤字国債依存体質を脱却することを当面の目標」として、「歳出の削減を中心とする財政再建……を強力に推進してまいりました。」「しかしながら、このような歳出圧縮の努力にもかかわらず、世界経済全体の停滞による影響もあって、我が国経済の成長も低下し、その結果、税収が見込みを大きく下回り、昭和五六年度には、約二兆五〇〇〇億円の歳入欠陥を生じました。」「さらに、昭和五七年度においても、いまだ試算にとどまるものではありますが、五兆円から六兆円程度の減収になるのではないかと予想され、心配しております。これから世界経済が大きく改善されない限り、昭和五八年度においても、極めて厳しい財政事情となることが予想されます。こうした事情に対してまずなすべきことは、更に一層徹底した歳出の見直し・削減であると考えます」、「しかしながら、現在当面している緊急の事態には単なる歳出の抑制のみでは、十分対処できません。非常の事態には、更に幾つかの異例の措置を緊急にとらねばならないと思います。たとえば、……先般行われた人事院勧告に基づく国家公務員の給与改定についても、まず公務員が率先してみずからの給与の凍結を甘受し、財政再建への途を拓くべきではないか、との有力な意見がありますが、近く、給与関係閣僚会議においてその取扱いを決定することになっております。」「しかし、このように、考え得るいろいろな手だてを尽くしてみても、なお当面の歳入ではどうしても不足することが予想されます。その場合には、誠に残念ではありますが、本年度も赤字国債の増発は避けられないと考えます。」と述べていた(甲二七)。

(c) 政府の九月二四日の閣議決定に対し、人事院総裁藤井貞夫は、「これは、国家財政の非常事態に当たっての措置とはいえ、公務員の労働基本権制約の代償機能としての人事院勧告制度を無視するものであり、極めて遺憾であると言わざるをえません。今回の措置によって勧告の完全実施という長年にわたる慣熟した慣行が破られることとなり、定着した良好な労使関係と公務員の志気に重大な影響を与え、公務の運営に暗影を投ずることになるのではないかと、深い危惧と憂慮の念を禁じえないところであります。」との談話を発表した(甲二七)。

(d) 一方、国会においては、一一月二六日から一二月二五日まで、昭和五七年度一般会計補正予算等の審議が行われ、人事院勧告の取扱についても審議されたが、一二月二五日、政府案どおり国家公務員の給与改定の見送りを前提とした補正予算が成立した(甲一六二)。

なお、同年度は、当初予算に職員給与の改善費として一パーセント分が計上されていたが(昭和五六年度から一パーセント分に減額されていた。甲一四〇)、その一パーセント分の財源も使用されないことになった。このように一パーセント分の給与改善費を補正予算で減額補正する一方で、借入金等利子財源繰入(四〇五億円)、食糧管理費(一五二億円)、経済協力費(七六億円)などを補正予算で増額している(甲一六二、一八四)。

(e) 人事院勧告の取扱は、政党間の継続協議事項とされ、会期終了後も協議が続けられた。年度末の昭和五八年三月一五日、社会党が一般職給与法改正案を提出したが、国会で可決されるには至らなかった(甲二八〔NO・六七四、六八三〕、一六二)。

なお、昭和五七年度も、一般会計剰余金が七五六二億円発生している(甲一八五)。人事院勧告の完全実施に必要な財源は、約三三八〇億円である(当初予算に計上していた一パーセント分を除いて、補正予算であらたに手当する必要があった財源は約二七〇〇億円である。証人鷲見友行)。

(f) 一般職の国家公務員である五現業(郵政・国有林野・印刷・造幣・アルコール専売)の職員については、公共企業体等労働委員会の仲裁裁定どおり給与の改定が実施された(甲一六二)。

(g) 政府による人事院勧告凍結閣議決定に対して、同盟、総評等が日本政府を相手方として昭和五七年一〇月にILOに申し立てた事件(第一一六五号事件)に関して、政府は、一〇月八日付等のILOからの要請に対して、政府としては、人事院勧告を尊重するという基本方針を堅持しており、今後もこの方針を変える考えはないこと、従来から人事院勧告を最大限の努力を払って実施してきたが、本年度は遂に財政が未曽有の危機的状況となったため、極めて異例の措置として、その不実施を決定したこと、その決定の前、政府は関係労働団体と三四回にわたり協議を行ったこと、来年度以降の人事院勧告について、政府としては今回のような措置が繰り返されることのないよう最善の努力をすること等を内容とする見解を送付している。

右の政府見解もふまえて、ILO結社の自由委員会は、昭和五八年三月一日、ILO理事会に対して、次の内容の勧告をし、同理事会は同月四日、これを承認した。

① 委員会は、本件のように、不可欠業務又は公務において団体交渉権又はストライキ権のような基本的権利が禁止され又は制限の対象となる場合には、その利益を守るための必須の手段をこのようにして奪われている労働者の利益を十分に保護するため、迅速かつ公平な調停及び仲裁の手続のような適切な保障が確保されるべきであり、その手続きにおいては、当事者があらゆる段階に参画することができ、かつ、裁定が一旦下されたときには完全かつ迅速に実施されるべきであるとの原則を想起する。

② 委員会は、政府が人事院勧告を尊重するとの基本方針を堅持し、かつ、将来においては人事院勧告を尊重するよう最善をつくす意向であるとの政府の保証に留意する。

③ 委員会は、一九八二年において人事院勧告が実施されなかったことを残念に思い、今後の人事院勧告が完全かつ迅速に実施され、団体交渉に関する労働組合権及びストライキ権に対し課せられた制限の代償措置を関係公務員に確保するようにとの強い希望を表明する(本項につき、甲二九)。

(ハ) 昭和五八年度

(本項においては、日付等のうち、昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までの間のものについては、同年の記載を省略することがある。)

(a) 八月五日、人事院は、国会及び内閣に対し、国家公務員の給与を四月一日に遡って、平均6.47パーセント引き上げるよう求める勧告を行い、勧告の前提となる俸給表の適否について報告し、報告の結びで特に前年の人事院勧告不実施に言及し、公務員の労働基本権制約の代償措置としての人事院勧告の重要な意味を強調し、人事院勧告の完全実施を求めた(甲二五〇)。

(b) 政府は、八月五日及び八月二六日、給与関係閣僚会議を開いて人事院勧告の取扱いを検討したが、二年続きで人事院勧告の凍結をしないことは確認されたものの、大蔵大臣などが、現下の財政事情を考慮すれば、多額の財源を要する人事院勧告の取扱いについては厳しい姿勢で臨まざるを得ない、いずれにしても納税者たる国民の理解を得られるか等諸般の事情を考慮して結論を出すべきだなどと主張して、結論は持ち越された(甲二八〔NO・七〇〇、七〇二〕)。

(c) 政府は、一〇月二〇日に給与関係閣僚会議を開いて、人事院勧告の取扱いを検討したが、官房長官が二パーセント実施を提案し、最終的に官房長官と自民党政調会長に決定の内容を一任することに決まった。同日、官房長官と自民党政調会長との協議の結果、国家公務員の給与は、四月一日に遡って、平均二パーセント改定することを決定した(甲二八〔NO・七一一〕)。

政府は、一〇月二一日、閣議で昭和五八年度の国家公務員の給与改定について、四月一日から平均二パーセントの改定を行う旨決定した(甲二八〔NO・七一一〕)。そして、政府は、昭和五八年度の国家公務員の給与改定について、人事院の作成した俸給表とは別の俸給表を自ら作成した上、一一月一一日、一般職の国家公務員の給与を四月一日に遡って平均2.03パーセント改定する等の内容の給与法の一部改正案を閣議決定して国会に提出し、同法案は同月二八日に成立した(甲二八〔NO・七一七〕、一六四)。

(d) 一般職の国家公務員である四現業(郵政・国有林野・印刷・造幣)の職員については、公共企業体等労働委員会の仲裁裁定どおり給与の改定が実施された(甲一六四)。

(e) 昭和五八年の政府による人事院勧告の一部実施に対して、総評、同盟等が日本政府を相手方としてILOに申し立てた事件(第一二六三号事件)に関して、ILOの結社の自由委員会は、昭和五九年一一月、政府が一九八二年度の人事院勧告の不実施に関し一九八三年に行った人事院勧告を最大限に尊重するとの保証にもかかわらず、同年度において再び人事院勧告が完全には実施されなかったことに遺憾の意を表明した(甲三〇)。

(ニ) 昭和五九年度

人事院は、昭和五九年八月一〇日、同年度の国家公務員の給与について、平均6.44パーセントの改定を勧告したが、政府は、昭和五八年度同様、これを完全には実施せず、平均3.37パーセントの給与の改定を内容とする給与法の改正案を国会に提出し、これが成立した(甲二五一)。

(ホ) 昭和六〇年度

人事院は、昭和六〇年八月七日、同年度の国家公務員の給与について、平均5.74パーセントの改定を勧告し、政府は、実施時期を同年七月一日に延期したほかは、勧告どおりに実施した(甲二五二)。

(5) 昭和六一年度以降平成六年度までは、人事院勧告は完全実施されている。

(三) 北海道人事委員会勧告と北海道の対応(甲三四三)

大まかな傾向としては、国の実施状況の後追いをしている。すなわち、

(1) 北海道人事委員会は、昭和二六年に設置されたが、昭和二六年度から昭和二八年度までは、昭和二六年度にほぼ勧告どおり実施されたことを除いて、勧告は完全には実施されず、ベースアップ金額の圧縮、実施時期の繰延べが行われた。昭和二九年度から昭和三四年度までは北海道人事委員会において俸給表の額を改定してベースアップの勧告をするということはなかった。

(2) 昭和三五年度から昭和四四年度までは、実施時期を遅らせたものの、給与改定の内容は勧告どおり実施された。

(3) 昭和四五年度から昭和五五年度まで完全に実施された。

(4) 昭和五六年度以降昭和六〇年度まで

(イ) 昭和五六年度、一般職の地方公務員の俸給表の改定は勧告どおり行われたが、指定職及び管理職員については実施時期を一年繰下げて昭和五七年四月一日とし、また昭和五六年度中に支給される期末手当及び勤勉手当は改訂前の俸給表を基礎として算定・支給された。

(ロ) 昭和五七年度、勧告の実施は見送られた。

(ハ) 昭和五八年度、ベースアップ金額を圧縮して実施された(俸給表は北海道当局において一方的に修正され、実施時期は、勧告どおり同年四月一日に遡らせた)。

(ニ) 昭和五九年度、昭和五八年度と同様に、ベースアップ金額を圧縮して実施された(実施時期は、勧告どおり昭和五九年四月一日に遡らせた)。

(ホ) 昭和六〇年度は、実施時期は遅らせたものの、給与改定の内容は勧告どおり実施された。

(5) 昭和六一年度以降平成三年までは、完全に実施されている。

(四) 国の財政状況(本項全体につき、証人鷲見友行、甲一三七ないし一三九、一八五、四九三)

(1) 我が国の財政は、昭和五六年末当時、国債の累積発行高が約八二兆円を超え、国債費は、同年度予算で約六兆七〇〇〇億円に達し、国債発行予定額の約一二兆円の六割近くに及んでいた。政府は、このような累積した赤字国債からの脱却を図るため、歳出削減を中心とする財政再建の方針の下に、昭和五七年度は、予算の概算要求基準をゼロパーセントとするいわゆるゼロシーリングのもとに予算の編成を行い、予算の伸び率を前年度比1.8パーセント増に抑えるとともに、累積した赤字国債からの脱却を図ることを目的に、国債発行額を前年度よりも約二兆円減額した。ところが、税収が政府の当初見込みを大きく下回り、五兆円から六兆円程度の減収が予想されるようになったため(なお、決算の時点で見ると租税印紙税収入は前年度に比して約一兆五〇〇〇億円増加しているが、当初予算における税収見積もりと比較すると約六兆円の減少となった。)、鈴木善幸内閣総理大臣は、これを背景にいわゆる「財政非常事態宣言」を行い、国債や公務員給与改定等について、異例の措置をとらざるを得ないと国民に理解を求める発言をし、結局、昭和五七年度は、約六兆円の税収欠陥が生じ、国債発行額は当初よりも約四兆円増加し、約一四兆円となった。

なお、昭和五七年度の一般会計歳入歳出決算によれば同年度は約七五六二億円の剰余金が計上された。昭和五七年度の人事院勧告を完全に実施するには約三三八〇億円の財源が必要であった(本項につき、甲二七、一六〇、一六二)。

(2) 政府は、昭和五八年度の予算の概算要求基準をマイナス五パーセントとして、さらに予算編成に当たり支出の圧縮削減に努めたが、昭和五八年度の予算は、昭和五六年度の歳入欠陥に伴って生じた借入の返済分約二兆二五〇〇億円を控除しても約二四パーセントを超える伸び率になった。国債は当初約一三兆三四五〇億円余りとされていたが、その後補正予算で約四四五〇億円追加発行することとした。

なお、昭和五八年度の一般会計歳入歳出決算によれば同年度は約一兆〇一七六億円の剰余金が計上された。昭和五八年度の人事院勧告を完全に実施するには約四五〇〇億円の財源が必要であった(本項につき、甲一六一、一六二、一六四)。

(3) 昭和五八年度末の国債発行残高は一〇九兆円(一般会計に占める国債費の割合は15.7パーセント)であったが、その後も国債の発行残高は増加し、平成元年度末で約一六〇兆円を超える額になっており、この間一般会計に占める国債費の割合も増加し、昭和六二年度には二〇パーセントを上回った。

(4) 平成四年度の一般会計歳入歳出決算によれば、同年度は、バブル崩壊の影響もあって土地取引の停滞などで土地譲渡所得が落ち込んだほか、給与所得の減少が続いたため、約一兆五四八三億円の歳入欠陥が生じた。しかし、政府は、決算調整資金制度を使ってその全額を穴埋めした(なお、同年度は、人事院勧告は完全実施されている。甲一八七、二二五)。

(五) 北海道の財政状況(本項全体につき、証人高橋庸)

(1) 北海道の決算収支の推移は、別紙「北海道の財政状況(一般会計)」(甲三四六)のとおりであるが、歳入総額から歳出総額を差し引いた形式収支は一貫して黒字であり、形式収支から次年度に繰り越すべき財源を控除した実質収支も一貫して黒字である。

しかし、ある年度の実質収支から前年度の実質収支を差し引いた単年度収支は、黒字と赤字の間を移行しながら推移している(なお、単年度収支が赤字であることは、当該年度において過去に発生した剰余金をくいつぶしていることを意味している。)。もっとも、単年度収支から実質的な黒字要素(財政調整基金・減債基金への積立てのように、当該年度にこのような措置をとらなかったら実質収支が増加していたと思われるもの)や実質的な赤字要素(当該年度の歳入に繰入金として計上される過去の積立金の取崩しのように、当該年度にこのような措置がとられなかったら実質収支が減少していたと思われるもの)を控除した実質単年度収支は、単年度収支が赤字を計上したいずれの年度においても黒字になっている。すなわち、単年度収支が赤字になっているとしても、それは一種の貯金である財政調整基金・減債基金への積立を行ったためであることがうかがわれるのであり、必ずしも財政状況の悪化を意味するものではなかったといえる。

また、実質単年度収支は、昭和五七年度、五八年度において赤字になっている。これは、当該年度において財政調整基金の取崩しを行ったためと認められるが、しかし、実質単年度収支が赤字を計上したいずれの年度においても、次項(3)に述べるとおり減債基金の年度末留保残高は前年度に比して増加している上、次項(2)に述べるとおり道債の繰上償還を実施しているのである。これらの事実に照らすと、実質単年度収支が赤字になっているとしても、必ずしも北海道人事委員会勧告の完全実施を不可能ならしめるほどの財政事情の悪化を意味するものではなかったといえる(本項全体につき、甲三四六、三四九、三五四)。

(2) 道債の繰上償還は、特に財源にゆとりがあるときにあらかじめ定まっている償還時期を繰上げて償還する財政上の運用措置であるが、北海道は、昭和五七年度に二億円の、同五八年度に五億円の繰上償還をそれぞれ行っている(甲三四六)。

(3) 北海道の減債基金は、昭和五五年度約三〇九億円、昭和五六年度約三三九億円、昭和五七年度約三六四億円、昭和五八年度約三九〇億円、昭和五九年度約三一二億円となっており、財政調整基金は、昭和五五年度約三四五億円、昭和五六年度約四四四億円、昭和五七年度約三八四億円、昭和五八年度約六二億円、昭和五九年度約一五六億円となっている(甲三四九)。

(4) これらの事実を総合すると、北海道の財政状況は、昭和五七年度、昭和五八年度を通じて、その前後の年度と比較して特段の財政悪化を示す事情は見あたらず、同年度が特に財政事情が悪化あるいは困難になった事実を認めることはできない。むしろ、財政状況のみに着目すれば、北海道は国家財政よりも健全であった。

なお、昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の完全実施には約二二〇億円の財源が必要であり、昭和五八年度の北海道人事委員会勧告の完全実施には約三一〇億円の財源が必要であった。

3  以上の事実関係に基づいて、本件争議行為が憲法上許容された争議行為に該当するか否かを検討する。

(一)  一二・一六の争議行為

右争議行為が、昭和五七年度の人事院勧告の完全実施を求めて行われたことは当事者間に争いがない(なお、右争議行為が昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の完全実施を最終目的とすることは前述した。)ところ、すでに認定したとおり、同年度の人事院勧告が一般職国家公務員の給与を同年四月一日に遡って、平均4.58パーセント引き上げることを求めたのに対し、政府は、同年度の人事院勧告の実施を見送った。

昭和五七年度におけるわが国の財政状況は、従来からの赤字国債の発行の結果、多額の国債発行残高を抱え、累積赤字からの脱却、財政改革が必要な状況になっていたものと認められ、このため、政府は予算の概算要求値をゼロとするいわゆる「ゼロシーリング」を導入し、支出の圧縮・削減に努力し、これを理由として人事院勧告の実施を見送ったものと認めることができる。この厳しい財政事情が人事院勧告の実施を抑制する理由の一つとなり得ないと解することはできない(なお、同年度には結果的に約六兆円の税収欠陥が生じており、これは原告ら主張のとおり税収の見積もりが過大だったためとみる余地があることを否定できないが、約六兆円もの税収欠陥が生じたことを財政事情の一つとして無視することはできない。)。もっとも、政府は、同年度の当初予算に一パーセント分の給与改善費を計上していたにもかかわらず、補正予算において、支出を圧縮するためと称してそれを減額補正する一方で、他の一般歳出を増額補正しているのである。一パーセント分の給与改善は新たな予算措置を講ずることなく実施できたのであるから、その一パーセント分の給与改善すら実施しなかったことについては、人事院勧告を完全実施するため真摯誠実に努力を尽くしたといえるか疑問を感じざるを得ない。しかしながら、予算の配分・支出にかかる優先順位の査定は高度に政治的な問題であって、内閣及び国会の裁量に大きく委ねられるべき問題であることにかんがみると、厳しい財政事情のもとで内閣及び国会が人事院勧告の実施を見送る選択をしたことについて、それが合理的理由を欠き、人事院勧告を完全実施するための真摯誠実な努力を尽くさなかったと断ずることはできない。

結局、昭和五七年度の人事院勧告が実施されなかったことによって、公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置がその本来的機能を失ったとみられる事態に至っていたとまでは認めることはできない。したがって、一二・一六の争議行為については、これが人事院勧告の完全実施を主目的とし、その形態が職務放棄にとどまっていたからといって、その故にその争議行為の違法性が阻却されるものではなく、これをもって憲法二八条によって保障された争議権の行使であるということはできないので、これに対して地公法二九条一項を適用して懲戒処分をしたとしても、憲法二八条に違反するということはできない。

もっとも、一般職の国家公務員である五現業の職員に対しては公共企業体等労働委員会の仲裁裁定が完全に実施されている一方で、人事院勧告の適用を受ける一般職の国家公務員に対しては当初予算に計上されていた一パーセント分の給与改善すら実施されていないことに照らすと、政府及び国会が人事院勧告の完全実施に向けて真摯誠実な努力を尽くしたかについて疑問がないわけではなく、一二・一六の争議行為に対して懲戒処分をもって臨むことはかろうじて憲法二八条に違反しないといい得るにすぎないというべきであり、このことを念頭において、後に述べる懲戒権の濫用の成否が判断されるべきである。

(二)  二・二五の争議行為

右争議行為が、昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の完全実施を求めて行われたことは当事者間に争いがないところ、すでに認定したとおり、北海道当局は、結局、給与改定の措置をとらず、北海道人事委員会勧告の実施を見送った。

被告は、昭和五七年度の北海道人事委員会勧告がまったく実施されなかったのは、厳しい財政事情によるやむを得ない措置である旨を主張する。しかし、北海道の財政状況は、昭和五七年度においてその前後の年度と比較して特段の財政悪化を示す事情は見当たらず、同年度が特に財政事情が悪化し、又は困難になった事実は認めることができない。むしろ財政事情のみに着目すれば北海道財政は国家財政よりも健全であったのであり、これを北海道人事委員会勧告を実施しない理由とすることはこれにより不利益を受ける当事者である原告らに対する説得力を欠くといわざるを得ない。

また、被告は、均衡の原則(地公法二四条三項)に基づき国家公務員の給与に準ずることが給与政策として適切であることも、昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の実施が見送られた理由であると主張するところ、証拠(甲三四四)によれば、昭和五七年度第四回北海道議会定例会における北海道知事の答弁中には、北海道人事委員会勧告の財源問題に触れて、地方公務員の給与は、「従来から国家公務員に準じて改定を行ってきた経緯もありますので、単に道の財政上の観点から判断できない問題であると考えております」と述べるくだりがあり、北海道当局が給与改定を見送った理由は、北海道の財政事情が逼迫していたからではなく、主として、均衡の原則に求められていたと認められる。そして、北海道が、このような判断をした背景には、国の方針に反して北海道人事委員会勧告を実施することにより、義務教育費国庫負担金等について国からの財源の賦与がされなくなり、また、地方債、特別交付税等の財源確保が困難になるのではないかと懸念していたことがあると認められる。

確かに、いわゆる均衡の原則(地公法二四条三項)及び情勢適応の原則(同法一四条)は、国家公務員の給与に準ずることによって実現されるものといってよいから(教育公務員特例法二五条の五は、この理を公立学校の教育公務員について確認したものにほかならない。)、地方公務員の給与を国家公務員の給与に準じて決定することも一応の合理性を有することは否定できない。しかし、政府が人事院勧告の実施を見送った場合には、国家公務員の給与に生計費及び民間事業の賃金が反映されていないので、国家公務員の給与に準ずることによって直ちに情勢適応の原則を満たしているとはいいがたい。そして情勢適応の原則こそが、人事委員会勧告制度を代償措置たらしめる強力な支柱なのであるから、情勢適応の原則が十分に機能していないとみられる事態が生じた場合には、人事委員会制度が実質的に機能していないのではないかとの疑問を生じうるのである。したがって、直接の財政事情ではなく均衡の原則を理由として北海道人事委員会勧告の実施が見送られることは、これにより直接の不利益を受ける地方公務員に対する説得力に乏しいというべきである。しかしながら、予算編成の問題は地方公共団体においても高度の政治的判断を要する問題であり、北海道が、次年度以降の予算編成をする際に国からの財源賦与等を受けられなくなり、ひいては地域住民に対するサービスが低下せざるを得なくなるおそれがあることなどの観点から、北海道人事委員会勧告を実施しないとの決定をすることには一応の合理性があり、右のような決定をしたことをもって、直ちに、右勧告を実施するために真摯誠実な努力を尽くさなかったと断定することはできないというべきである。

結局、昭和五七年度の北海道人事委員会勧告が実施されなかったことによって、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置がその本来的機能を失ったとみられる事態に至っていたとまでは認めることはできない。したがって、二・二五の争議行為については、これが北海道人事委員会勧告の完全実施を目的とし、その形態が職務放棄にとどまっていたからといって、その故にその争議行為の違法性が阻却されるものではなく、これをもって憲法二八条によって保障された争議権の行使であるということはできないので、これに対して地公法二九条一項を適用して懲戒処分をしたとしても、憲法二八条に違反するということはできない。

なお、右に述べたとおり、昭和五七年度において北海道人事委員会勧告が実施されなかった理由は、直接の財政事情を理由とするものではなく均衡の原則を理由とするものであって、原告ら地方公務員に対する説得力に乏しいものであることを考慮すると、同人らを処分することは、かろうじて憲法二八条に違反しないといい得るにすぎないものである。

(三)  一〇・七の争議行為

右争議行為が、昭和五八年度の人事院勧告の完全実施を求めて行われたことは当事者間に争いがない(なお、右争議行為が昭和五八年度の北海道人事委員会勧告の完全実施を最終目的とするものであることは前述した。)ところ、すでに認定したとおり、同年度の人事院勧告が一般職国家公務員の給与を同年四月一日に遡って、平均6.47パーセント引き上げることを求めたのに対し、政府は、実施時期の点については人事院勧告に従ったものの、引き上げ率を2.03パーセントにとどめて人事院勧告を実施した。

昭和五八年度におけるわが国の財政状況は、従来からの赤字国債の発行の結果、約一〇九兆円もの多額の国債発行残高を抱え、累積赤字からの脱却、財政改革が必要な状況になっていたものと認められ、このため、政府は予算の概算要求値をマイナス五パーセントとして、ますます支出の圧縮・削減に努力し、これを理由として人事院勧告の引き上げ率を圧縮したものと認めることができ、この困難な財政事情のもとで人事院勧告の一部実施にとどめざるを得なかったことがうかがわれるのであって、合理的理由を欠くということはできない。そうすると、昭和五八年度の人事院勧告が実施されなかったことによって、公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置がその本来的機能を失ったとみられる事態に至っていたとまでは認めることはできない。したがって、一〇・七の争議行為については、これが人事院勧告の完全実施を主目的とし、その形態が職務放棄にとどまっていたからといって、その故にその争議行為の違法性が阻却されるものではなく、これをもって憲法二八条によって保障された争議権の行使であるということはできないので、これに対して地公法二九条一項を適用して懲戒処分をしたとしても、憲法二八条に違反するということはできない。

もっとも、一般職の国家公務員である四現業の職員に対しては公共企業体等労働委員会の仲裁裁定が完全に実施されている上、特別会計の一般会計への繰り入れなどの方法により、同年度の人事院勧告を完全に実施することが不可能であったとまでは認められないこと(昭和五八年度以降も政府による国債の発行は継続し、平成元年末には国債発行残高は昭和五七年末に比して七〇パーセント以上も増加しているにもかかわらず、昭和六一年度以降人事院勧告は完全に実施されている。)に照らすと、政府及び国会が人事院勧告の完全実施に向けて真摯誠実な努力を尽くしたかについて疑問がないわけではなく、一〇・七の争議行為に対して懲戒処分をもって臨むことはかろうじて憲法二八条に違反しないといい得るにすぎないというべきであり、このことを念頭において、後に述べる懲戒権の濫用の成否が判断されるべきである。

四  争点4(本件処分が懲戒権の濫用であるかどうか。)について

1 公務員に対する懲戒処分は、単なる労使関係の見地においてではなく、公務員が国民(住民)全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の特殊性の見地から、公務員としてふさわしくない非違行為がある場合にその責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するために科される制裁である。ところで、地公法は、同法所定の懲戒事由(二九条)がある場合に、懲戒権者が懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするとしていかなる処分を選択すべかについては具体的な基準を設けていない。したがって、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分などの処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響など、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか決定できるものと考えられるから、その判断は、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に委ねられていると解するのが相当である。

したがって、裁判所が右処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかを判断し、その結果と現実に科された懲戒処分とを比較してその適否を論ずるものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものと認められる場合に限り違法と判断すべきものである(最高裁昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁)。

2  そこで、以下、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものと認められるかどうかについて検討する。

(一) すでに認定した事実を前提にすれば、これを次のとおり概括することができる。

(1) 本件争議行為の目的について

本件争議行為が、昭和五七年度及び昭和五八年度の人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施を求めて行われたものであることは当事者間に争いがないところ、本件争議行為は、完全実施することが慣熟した慣行となっているといわれていた人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告が、昭和五五年度及び昭和五六年度において、指定職及び管理職についてその実施時期を半年ないし一年間繰り延べられたという事態に引き続いて、昭和五七年度においてこれが凍結され、更に、昭和五八年度においても勧告実施についての明確な展望がないという極めて異例・異常な事態に陥り、人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告が、いずれもその本来的機能を失っていたとまではいえないものの、労働基本権制約の代償措置として十全に機能していたとはいえない状態で行われたものである。

本件争議行為に至るまでの政府当局の言動は、原告らに人事院勧告の完全実施に向けての明確な展望を与えるものではなかった。すなわち、昭和五五年一一月初旬ころ、自民党が民間賃金に単純に準拠して公務員の賃上げ率を決定している人事院勧告制度を見直す方針を打ち出したのを皮切りに(甲五〇七)、昭和五五年度及び昭和五六年度に、一般職の国家公務員の給与について、一部勧告どおり実施されなくなり、昭和五七年度には突如として完全に凍結されるに至った。その流れの中で政府は、昭和五六年度の場合も国家財政非常の時の措置であると言明し、このようなことが繰り返されれば、人事院制度の根幹にふれる結果となるから、人事院勧告の重みを十分心得て誠意をもって取り組むと発言しながら、昭和五七年度には人事院勧告を完全に凍結し、他方、右措置について、ILOの結社の自由委員会に対して今後人事院勧告を尊重するよう最大限の努力を尽くす意向であることを保証しながら、昭和五八年度の人事院勧告がなされた後も、一〇・七の争議行為に至るまで、二年連続の凍結はしないというのみで、完全実施を明確にせず、困難な財政状況のために完全実施はできないというのみで、人事院勧告の完全実施が可能となる時期や要件を明確にしなかったのである(なお、政府のいう実施しない理由としての財政の悪化、累積する赤字国債の解消は一朝一夕に解決し得ないものであることは明らかである〔甲一四七、五〇三参照〕。)。結局、本件争議行為の当時、将来への明確な展望を欠いたまま、人事院勧告が凍結され又はその実施率が圧縮されようとしていたのであり、原告らが争議行為に訴えたことには無理からぬ面があった。しかも、当該年度の人事院勧告は、いずれの年度についても政府がその完全実施に向けて真摯誠実な努力を尽くしたかについて疑問がないわけではなく、人事院勧告が労働基本権制約の代償措置として十全の機能を果たしていたとは必ずしもいえないことを考慮すると、原告らが、本件争議行為を目的において正当なものと信じるにつき相当な理由があり、そう信じたとしてもやむを得ない事情があったといわざるを得ない(政府は、昭和四五年に、国会において、今後は人事院勧告を完全実施していく、財政事情その他によって特殊な措置はとらないというルールを国民の前に明らかにしたいと考えている旨を答弁していたにもかかわらず、昭和五七年に突如として、財政事情を理由に人事院勧告を凍結するに至ったのであり、このことが原告らの政府に対する信頼を失わせたであろうことは否定できない〔甲二九九ないし三〇六参照〕。)。

また、北海道が昭和五七年度の北海道人事委員会勧告を実施しなかった理由は、北海道の直接の財政事情を理由とするものではなく、いわゆる均衡の原則に基づくものであり、北海道に勤務する地方公務員に対する説得力は乏しかったといわざるを得ない。

したがって、人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施を要求してされた本件争議行為は、いずれも、目的・動機の点からみれば、労働基本権制約の代償措置である人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の機能回復を目的としたものとして違法性のさして高くないものであったということができる。

(2) 本件争議行為の手段・態様について

原告らの本件争議行為の手段・態様は、勤務時間開始後約二時間の単純な職務放棄による同盟罷業であり、原告らは、北教組の本部中央執行委員として、共謀の上、本件争議行為を計画し、定期大会において争議行為実行に関する議案を提案、可決させ、本件争議行為実行に向けたストライキ体制の確立を指示した上、本件争議行為の実行を指示するなどして、本件争議行為を実行せしめたものである。しかし、本件争議行為には暴力行為などは伴わず、原告らの争議行為実行に向けた指導的な行為にも、方法的に非難されるべき点は格別見当たらない。

(3) 本件争議行為の影響について

原告らの本件争議行為の影響についてみるに、本件争議行為は北教組に加盟する全組合員の八割強の教職員が参加して実行されたものであり、その規模は大きく、全体として学校現場、学校教育に与えた影響は無視し得ないものがあったと思われる。しかしながら、(イ) 本件争議行為はいずれも午前二時間の単純な職務放棄にとどまっている上、(ロ) 教育の現場では、ストライキ実施に備えて生徒にあらかじめプリントなどの教材を与えておいて自習させたり、障害児学校にあっては、子どもに事故が起きないように保安要員を確保するなどして、ストライキの影響をできるだけ軽減する努力をしていたことがうかがわれ(証人伊藤昇、同中村清美)、また、(ハ) 大規模な争議行為となった所以は、本件争議行為の目的が人事院勧告ひいては北海道人事委員会勧告の完全実施を求めるという北海道教職員全員に共通する問題であったことにあると思われ、大規模な争議行為であることの故に直ちにその違法性が大きいということはできない。

地方公務員を含めて公務員の勤務の内容が公共性を有することはいうまでもなく、その業務の停廃は、国民ないし住民全体の生活利益を阻害するものといえる。しかし、すでに述べたように、公務員の勤務内容は千差万別であるところからその勤務のもつ公共性には大きな程度の差のあることは否めない。国民全体の利益という観念は抽象的であり、争議行為とその利益とのかかわりは一様ではない。具体的状況の下で業務の停廃がどのような影響を国民生活に及ぼすかによって、当該争議行為の違法性の程度は左右されるというべきであるから、本件争議行為の具体的影響を考えることなしに、禁止された争議行為を行ったことが直ちに懲戒処分に値するとか、あるいは一定の種類・程度の懲戒処分をもって臨むことが相当であるとするのは即断にすぎるというべきである。

確かに、教育は、知識の切り売りではなく、それを超えた生徒と教育職員との人間的なふれあいであって、それは日々発展、形成されるものであるので授業時間の欠落を他の時間をもって補充することは本来的に教育には親しまないものであるから、本件争議行為によって、短時間とはいえ、生徒が授業等を通じた教育職員との人間的ふれあいを失ったことを軽視することはできない。しかも、教育に携わる立場にある原告らが、法に違反し、その職務を放棄してでも、実力で問題を解決しようとの姿勢を示したことは、生徒に対し、精神的に相当の混乱や動揺を招いたであろうことは否定できない。しかしながら、公教育といえども教育内容そのもの、生徒と教師との関係などは基本的には私立学校の場合と同様であり、一時的な教育の停廃によって、直ちに生徒に教育上取り返しのつかない重大な支障が生じるとまでは認められない。少なくとも、警察、消防といった、職務の停廃が直ちに国民ないし住民の生命、身体に重大な障害を及ぼすものに比べれば、教育公務員の争議行為の違法性の程度が低いことは明らかである(旧労働関係調整法においては教育公務員について他の現業職員と同様に争議権が保障され、その争議行為は禁止されていなかった。)。

(4) 当局の対応

北海道当局は、国とは異なり財政的なゆとりもあり、北海道人事委員会勧告の完全実施も不可能ではなかったことがうかがわれるにもかかわらず、北海道人事委員会勧告の完全実施を見送ったのであるから、原告らからすると、北海道当局は、北海道人事委員会勧告の重みを顧慮することなく国の方針に安易に追随したと考えたとしても無理からぬ点があり、また、前述のとおり、北海道当局が昭和五七年度はもとより昭和五八年度においても北海道人事委員会勧告の完全実施に向けて真摯誠実な努力を尽くしたかについては疑問が存するところである(昭和五八年度第四回北海道議会定例会において、北海道知事は、再々北海道人事委員会勧告の取扱を議員から質されているところ、国に対して人事院勧告の完全実施を要望し続けているが、相当数の府県が国に準じて給与改定をしているので道も同様にせざるを得ない旨答弁するのみで、財源的に不可能であるから完全実施を見送らざるを得ない旨の答弁は一切していない[甲三五三]。)。円滑な労使関係を維持していく観点から、北海道当局には、北海道人事委員会勧告の完全実施に向けて真摯誠実な努力を尽くすことが期待されているにもかかわらず、この点に疑問を残す結果となっており、本件処分の適否の判断に当たってはこの点が特に考慮されるべきである。

(5) 処分に伴う不利益

本件処分は、原告らに対し、六か月間給与の一〇パーセントを減給するというものであり、給与生活者であって、かつ、生活が非常に苦しいとの実感を持っている原告らにとっては、それ自体が相当に重い処分であると認められる(甲二一六、二一七、証人辻政彦)。

原告らは、右に加えて、本件処分に伴う昇給延伸の苛酷性についても考慮すべきであると主張するところ、証拠(甲二二〇ないし二二二、証人高山三雄)によれば、(イ) 公務員の場合には定期昇給が一月、四月、七月、一〇月の四回に分かれているが、定期昇給予定者が減給等の懲戒処分を受けた場合には、予定昇給期に昇給させない、すなわち昇給時期が少なくとも三か月延ばされること(これが昇給延伸と呼ばれる。)があること、(ロ) 北海道の場合、本件処分当時、特段の事情がなければ予定昇給期に昇給するのが通常であったのに反し、懲戒処分を受けた場合には、昇給延伸が常になされていたこと、(ハ) 右昇給延伸による不利益は、給与のみならず、これを基礎として算定される期末手当、勤勉手当等に及び、それは当該年度のみならず、次年度以降も毎年生じ、更には退職手当、退職年金にまで影響するところであって、原告らは今なお昇給延伸による不利益を受けていること(なお、昇給延伸による不利益を金銭的に見積もると、原告らの計算では、例えば二等級二三号俸の四〇歳になる教師が戒告により三か月の昇給延伸になったものとすると、同人は年間四万五九七五円、六〇歳までに九一万九五〇〇円の格差を生ずることになる[甲三七]。)が認められる。

昇給延伸による不利益は、本件処分の直接の効果でないとはいえ、本件処分に当然に付随する効果である(右(ロ))から、本件処分の被処分者(原告ら)に与える不利益の程度を評価するに当たってはこれも斟酌するのが相当である。そして、昇給延伸による不利益が当該年度のみならず次年度以降、退職後にまで及ぶこと(右(ハ))にかんがみると、その不利益は甚大であるというべきである。

(6) 民間労働者等との比較

昭和五七年度における賃金引き上げ率は、民間労働者の場合、定期昇給分を含めて平均約6.9パーセントであり、公共企業体の労働者の場合、定期昇給分を含めて加重平均で6.90パーセント(定期昇給分を除いて4.60パーセント)であった。また、昭和五八年度における賃金引き上げ率は、民間労働者の場合、定期昇給分を含めて平均約4.36パーセントであり、公共企業体の労働者の場合、定期昇給分を含めて加重平均で4.13パーセント(定期昇給分を除いて1.83パーセント〔昭和五六年度を基準とすると定期昇給分を除いても約8.86パーセント〕。)であった(甲一六二、一六四)。

以上のように、昭和五七年度及び昭和五八年度においては、民間労働者及び公共企業体とも相応の賃金引き上げがされており、他の労働者との比較で、地方公務員の賃金引き上げを抑制すべきであるとする事情はなかった。

(7) 世論等の反応

新聞の論調は、昭和五七年度及び昭和五八年度における人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の凍結ないし大幅圧縮に対しては、これを支持するものもあったが、概ね批判的であった(甲一一一、三一一、三一六、三一九、三三一、三三三、三三四、五〇六、乙三の1、2、一二、一三)。また、全国で五〇〇を超える都道府県議会、市町村議会が、人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施を求める意見書又は決議を採択しており、勧告の完全実施については少なからざる支持があったと認められる(甲三一、三二、原告牧田滋昌)。更に、ILOが人事院勧告を完全実施しない政府の対応を批判していることは前述したとおりである(甲二九、三〇)。

以上のとおり、世論等の動向は、概ね、人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施を支持する方向にあったと認められる。

(8) ストライキが誘発されるおそれの有無

違法なストライキについて、これが懲戒権の濫用として懲戒処分を科すことができないとすれば、違法なストライキを誘発する懸念がないわけではない。しかし、本件争議行為は、慣熟した慣行である人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告が凍結ないし大幅に圧縮されるという極めて異例・異常な事態の下で行われたものであり、これを懲戒処分の対象から例外的に外したとしても、違法なストライキを誘発することになるとは到底いえない。

(二) 以上の諸事情に基づき、本件処分が懲戒権を濫用したものと認められるか否かを検討する。

本件争議行為が、完全実施することが慣熟した慣行となっているといわれていた人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告が凍結ないし大幅に圧縮されるという極めて異例・異常な事態の下で、労働基本権制約の代償措置である人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の機能回復を目的として行われたものであり目的・動機の点で違法性のさして高くないものであったこと、本件争議行為の手段・態様が午前中二時間の単純な職務放棄というものであって、暴力行為等を伴わないものであり、原告らの行為自体についても方法的に非難されるべき点は格別見あたらないこと、本件争議行為の影響は、原告らの業務が教育という特別なものであるという特殊性はあるものの、生徒に教育上取り返しのつかない重大な支障を与えるものではないこと、民間労働者や公共企業体の労働者との比較からすると、人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告を凍結ないし大幅に圧縮する必要性はなく、かえってこれを凍結ないし大幅に圧縮することは地方公務員に酷な面があること、世論等の動向は、概ね人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施を支持する方向にあったこと、以上の事実を考慮すると、本件争議行為の違法性は、全体として、かなり少なく、その影響も小さいと認められる。

また、政府ないし北海道当局が人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施に向けた真摯誠実な努力を尽くしたかについては疑問が残り、北海道当局が原告らに対し懲戒処分をもって臨むことは、自らすべきことを尽くさないで懲戒処分のみ厳重に科すというそしりを受けざるを得ない。

本件処分は、六か月間給与の一〇パーセントを減給するというものでそれ自体相当に重い処分であり、これに加えて、事実上、昇給延伸という重い不利益をも科されることを考慮すると、本件処分を受けることによって原告らが被る不利益は甚大である。

そして、本件争議行為を懲戒処分の対象にしないことによって違法なストライキが誘発されるなどの副次的作用がひきおこされるとも考え難いことなどの事情を総合勘案すると、本件争議行為に対し懲戒処分をもって臨むことは、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものとして違法であり、少なくとも、原告らに対し、減給六か月という処分を科すことは重きに失するといわざるを得ない。

五  結論

以上、認定説示のとおり、本件処分の取消を求める原告らの請求は、いずれも理由があるから、これを認容することとする。

(裁判長裁判官小林正 裁判官福島政幸 裁判官柴田誠)

当事者の主張

第一 争点1(原告らの行った本件争議行為が地公法二九条一項所定の懲戒事由に該当するか。)について

(原告ら)

被告は、原告らが本件争議行為に際して、いずれも北教組の本部中央執行委員の地位にあって本件争議行為を実行せしめた旨主張するが、原告ごとの具体的な行為態様が明らかにされておらず、原告らが地公法二九条一項所定の懲戒事由に該当する行為をしたと断ずることはできない。

(被告)

原告らは、いずれも、北教組の本部中央執行委員として、他の中央執行委員会の構成員とともに、本件争議行為を企画し、北教組の大会、中央委員会及び全道戦術会議に出席し、本件争議行為の実施に関する議案を提案し、協議に付し、各会議の構成員をして決定するに至らしめ、それらの決定に基づいて、本件争議行為の直前に、中央執行委員長名をもって、ストライキ実施の指示・指令を発出し、かつ、機関紙を発行・配布することによってストライキ実施のための教宣活動を行い、組合員をして教職員として自らなすべき職務を放棄させ、本件争議行為の実行に当たり指導的役割を果たしたものである。原告らの一連の行為は、いずれも地公法三七条一項の規定に違反し、同法二九条一項一号の懲戒事由に該当する。

第二 争点2(地公法三七条一項は、憲法二八条に違反するか。)について

(原告ら)

一 地公法三七条一項は、一般職非現業地方公務員(以下単に「地方公務員」といい、一般職非現業国家公務員を単に「国家公務員」といい、これらをあわせて単に「公務員」ということがある。)の争議行為を全面一律に禁止するものであるから、すべての勤労者に対し労働基本権を保障した憲法二八条に違反し無効である。

1 公務員は、憲法二八条にいう「勤労者」に該当し、同条の労働基本権の保障、すなわち、団結権、団体交渉権、争議権等の保障を受ける。我が国が批准しているILO八七号条約も団結権に内在的なものとして公務員に争議権の保障が及ぶことを規定している。

労働基本権は、労働者の生存に直結する権利であり、生存を維持、向上させる重要な手段であって、特に争議権は、これが全面的に禁止されると、単に争議権についてだけでなく、労働者の団結権や団体交渉権もその大半の存在意義を失うことになるのであるから、労働者にとっては、人間に値する生存が危うくなる事態に至るのである。もちろん、労働基本権といえども他の人権との関係で制限を受けることはあるが、争議権については、争議権と比較してより高い価値が認められる人権、例えば、生命、身体の安全や健康といった人間の生存に密着した法益が侵害される場合に限り禁止することができ、右以外の法益の場合には、禁止以外の制限手段によることができ、かつ、それによるべきであるから禁止することは許されない。

2 右にみた争議権制約のあり方の基本的な考え方からすると、労働基本権の制限が許されるためには、少なくとも、以下の四条件が必要というべきである(最高裁昭和四一年一〇月二六日大法廷判決・刑集二〇巻八号九〇一頁参照)。

(一) 「労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが、労働基本権が勤労者の生存に直結し、それを保障するための重要な手段である点を考慮すれば、その制限は、合理性の認められる必要最小限のものにとどめなければならない。」

(二) 「労働基本権の制限は、勤労者の提供する職務または業務の性質が公共性の強いものであり、したがってその職務または業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるために必要やむを得ない場合について考慮されるべきである。」

(三) 「労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように、十分な配慮がなされなければならない。」

(四) 「職務または業務の性質上からして、労働基本権を制限することがやむを得ない場合には、これに見合う代償措置が講じられなければならない。」

3 右四条件に照らせば、争議行為の全面一律禁止は到底許されるものではないというべきである。すなわち、

(一) 地方公務員の職務又は業務は多種多様であり、公共性の極めて強いものから私企業のそれと殆ど変わるところがない公共性の比較的弱いものまで極めて多岐にわたるところ、労働基本権の制限は、その提供する職務又は業務の性質が公共性の強い場合にはじめて考慮されるべきである。

(二) またその制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめられなければならないのであるから、制限を必要とする場合でも、その制限の方法・手段は、禁止に限られるものではなく、禁止以外の方法、例えば労働関係調整法に規定されているような調整の方法なども考慮されなければならない。まず禁止以外の他の方法・手段を検討し、それによってもなお、国民生活全体の利益が甚だしく害されることを防ぎ得ないようなやむを得ない場合に限って、禁止という手段をとることを考慮することができる。

いずれの観点より見ても、多種多様な公務員の争議行為を一律かつ全面的に刑罰等をもってしてまで禁止しようとすることは、公共の福祉を基本的人権相互間の矛盾衝突の調整原理と解する立場からは到底是認し得ない。

被告は、公共の福祉による制約、すなわち、国民全体ないし地域住民全体の共同利益の見地に基づく制約を当然にうける旨を主張するが、日本国憲法にいう「公共の福祉」とは、人権相互の間の矛盾・衝突を調整する原理としての実質的公平の原理を意味するのである。しかるに、被告の主張は、具体的な内容を伴わない国民全体ないし地域住民全体の共同利益のために公務員の労働基本権が制約されることは当然だというのみであって、人権相互の調整という趣旨が十分に生かされているとはいえない。

4 さらに、被告は、争議行為の全面一律禁止を規定する地公法三七条一項の合憲性を導くために、勤務条件法定主義論、財政民主主義論、職務の公共性論、市場の抑制力欠如論、政治過程歪曲論などを展開するが、以下のとおり、これらは地公法三七条一項の合憲性を導く論拠とはなり得ない。

(一) 勤務条件法定主義論について

憲法七三条四号は、「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」が内閣(行政府)の事務であることを明記しているが、これは、国家公務員の身分を保障して政治的立場からの中立を維持し、合理的公務員制度を維持するため、内閣の権限に対し国会による一定のコントロールが及ぶことを定めた規定であり、公務員の労働関係という観点から考えるならば、使用者(行政府)による不合理で、主観的、恣意的な支配を抑制し、勤労者の勤務条件を一定の客観的な範囲と程度に枠づけようとした規定ということができる。このように考えるならば、同号に基づく公務員の勤務条件に関する「基準の設定」はできる限り「大綱」的基準の設定にとどめ、その具体化は団体交渉と協定に委ねるというのが憲法二八条の趣旨に合致する。ただ、この場合に協定に基づく予算の支出については、財政民主主義の原理に基づく制約があると解すれば必要にして十分である。

(二) 財政民主主義論について

憲法は、財政民主主義とともに予算作成権を内閣(行政府)の固有の権限であると規定しているが、これは、憲法上の原則たる三権分立主義の観点に基づくものであり、この予算が国会(立法府)の議決を受けるというのは、その最終的決定段階においてである。そうだとすれば、その最終的決定段階に至る過程で国会(立法府)の予算議決権を侵害しない行政府の裁量の範囲内で一定の相対的独自性を認めることは憲法上問題ない。例えば、公務員組合が行政府との間で予算の原案について交渉し、また一定の合意をすることは、財政民主主義と何ら矛盾するものではない。けだし、(イ) 公務員の勤務条件にかかわる予算の原案について合意が成立し、行政府がこれを予算案として提出したとしても立法府の議決権がこれに拘束されることはないし、(ロ) 予算の原案をめぐる労使合意が成立しなくても、予算案はあくまでも行政府の意思と責任で提出されるもので、行政府は必要と認めれば原案を提出できるからである。

このように、財政民主主義の要請と矛盾しない形での公務員の団体交渉のあり方が存在し得るのであるから、これを根拠に公務員の団体交渉権あるいは争議権を否定することはできないというべきである。

(三) 職務の公共性論、市場の抑制力欠如論、政治過程歪曲論について

最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決(刑集二七巻四号五四七頁。以下「最高裁四・二五判決」という。)及び最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(刑集三一巻三号一八二頁。以下「最高裁五・四判決」という。)は、公務員の争議権を否認する理由として、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を強調し、市場の抑制力の欠如論や政治過程歪曲論を採用している。これらの理論が公務員の争議権の制限に関する従来のアメリカ合衆国の理論であることは明らかであるところ、今日のアメリカ合衆国の判例・学説等は、右の理論を克服し、公務員の争議権を認める方向に大きく動きつつあるのである。すなわち、職務の公共性論については、公務にも民間類似の職務がありこれらの業務に携わる民間労働者にはストライキ権が保障されているのであるから争議権の全面一律禁止には合理性がないとされ、市場の抑制力欠如論については、公務員がストライキをするときであっても自己規制(ストライキ期間中の賃金喪失、賃上げに伴う増税に対する住民の関心の高まり、賃上げに伴う住民使用料金の高騰、コスト上昇による解雇、レイオフ、民間下請化など)が働くことが指摘され、また、政治過程歪曲論については、ストライキを解決するために、公務部門使用者が不合理な要求に譲歩せざるを得ないという経験に基づく証拠はないとされているのである。

(四) 以上のとおりであって、被告が論拠とする勤務条件法定主義論、財政民主主義論、職務の公共性論、市場の抑制力欠如論、政治過程歪曲論などは、いずれも争議行為の全面一律禁止を規定する地公法三七条一項の合憲性を導く論拠とはなり得ないのである。

5 なお、被告は、労働基本権は勤労者の生存権保障の手段として認められた権利であり、一切の制限が許されない絶対的なものではない旨主張するが、労働基本権は、労働者にとって「必要不可欠の」生存権実現の手段的権利であり、したがって、手段的権利であるが故に、ストライキに代わる他の手段によっても労働者の生存権実現は可能であり、ストライキは容易に制限しうるかのように説くことは誤りである。すなわち、本来すべての「権利」は何らかの意味で手段的である。基本的人権に関して、それが目的的権利であるのか手段的権利であるのかによって、制約が可能であるか否かの結論には至らない。制約が可能か否かは、人権相互の矛盾・衝突の調整の見地から決せられなければならないのである。

二 地公法三七条一項は、地方公務員の争議権を制限するに当たり、適切な代償措置を講じていないから、憲法二八条に違反する。

労働基本権は、労働契約における実質的対等性を確保するために労働者に保障された人権であるから、その制限は、真にやむを得ない場合に限って可能というべきであるが、かかる場合であっても、その制限に見合った代償措置が講じられなければならない。

そして、労働基本権の保障の中心が労働条件の決定過程への労働者の参加にあることからすれば、右の代償措置は、労働者の生存権を保障するだけでは足りず、あくまでも労働条件の決定過程への参加についての代償措置でなければならない。

そして、労働基本権の制限に対する代償措置といえるためには、(一) 公平な機関により決定されること、(二) 調停・仲裁手続きであること、(三) 当事者の参加が保障されること、(四) その機関による裁定が両当事者を拘束し、完全かつ迅速に実施されること、以上の四つの要件が備わっていなければならないというべきである。

しかるに、現在の人事院制度及び人事委員会制度は、(一) その委員の構成について、公・労・使三者構成になっているわけでもないし、構成員の任命について、労働団体の意見が反映される仕組みになっているわけでもなく、中立・公平性が保障されているとはいい難い。(二) 人事院ないし人事委員会が給与の勧告ないし報告をするに当たって、その作成過程に公務員労働団体が参加し、これに関与する手続上の保障も全くない。(三) 人事院勧告ないし人事委員会勧告には、法的な拘束力がなく、使用者(当局)は、人事院勧告ないし人事委員会勧告を実施しなくても法律上の責任を負わない(現に、過去の実施状況を見れば明らかなように、これらはしばしば当局によって無視され、あるいはベースアップの額や実施時期を値切られてきた。)。結局のところ、現行の人事院制度及び人事委員会制度は、前記の四つの要件を備えていないものであり、労働基本権制限に対する代償措置とはいえないのである。

また、被告が代償措置として指摘する、「法定の身分保障」、「法定の勤務条件の享受」、「人事院・人事委員会又は公平委員会に対する勤務条件に関する措置要求」、「不利益処分不服審査請求」はいずれも、もともと労働基本権の制限に対する代償措置として設けられたものではなく、代償と呼ぶべきものではない。

三 以上のとおり、地公法三七条一項は、地方公務員の争議権を全面一律に、しかも、適切な代償措置を講じないまま制限するものであるから憲法二八条に違反することは明らかである。

(被告)

一 原告らは、地方公務員の争議行為を禁止している地公法三七条一項は憲法二八条に違反する旨主張しているが、以下に述べるとおり、地方公務員の労働基本権は、地方公務員の地位の特殊性、職務の公共性及び財政民主主義という憲法上の要請から、公共の福祉すなわち地方住民全体ないし国民全体の共同の利益のため、これと調和するように制約されてもやむを得ないものであり、地公法三七条一項は合憲である。

1 公務員も自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点においては一般の労働者と異なるところはなく、憲法二八条にいう勤労者にあたると解すべきであるが、他方において、国民はその自由及び権利を濫用してはならず、常に公共の福祉のためにこれを利用する責務を負っている(憲法一二条)のみならず、国民の権利は公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とするものである(同法一三条)。この理は、憲法二八条の保障する労働基本権についてもそのまま妥当するのであって、労働基本権はそれ自体において絶対的な権利ではなく、公共の福祉による制約、すなわち、すべての労働者を含めた国民全体ないし地方住民全体の共同利益の見地に基づく制約を当然に受けるものである。

2 労働基本権は勤労者の生存権保障の手段として認められた権利であり、一切の制限を許されない絶対的なものではないのであり、憲法により保障されている労働基本権であっても、他の憲法上の要請との調整を図る観点からする合理的理由が存し、かつ、労働者の生存権を実効あらしめるための代償措置が用意されている場合には、一定の制限を受けてもやむをえないというべきである。

(一) 全農林警職法事件に関する最高裁四・二五判決は、憲法二八条の労働基本権の保障が公務員にも及ぶとしながら、労働基本権に対する必要やむをえない制限として国家公務員の争議行為の全面一律禁止を合憲としているのであり、これに続く岩教組事件に関する最高裁昭和五一年五月二一日判決(刑集三〇巻五号一一七八頁。以下「最高裁五・二一判決」という。)、全逓名古屋中郵事件に関する最高裁五・四判決も同様に公務員の争議行為禁止規定について全面合憲論の立場をとっており、最高裁判例として確立するに至っている。

(二) 憲法一五条一項及び二項は、公務員には私企業の労働者とは本質的に異なる地位の特殊性及び職務の公共性が存することを明らかにしているのであり、かかる地位の特殊性及び職務の公共性は、公務員の本質、在り方を決定づけるものとして、その勤務の基本原則すなわち服務の根本基準となっている。

すなわち、公務員は、国民全体ないし地方住民全体の奉仕者として、国又は地方公共団体の作用ないし事務を担当し、国又は地方公共団体の公共的な政策を遂行することによって、実質的な使用者である国民全体ないし地方住民全体の利益、幸福のために活動するものである。

これを本件の地方公務員についていえば、地方公務員の使用者は、実質的にみれば、地方公共団体の機関ではなく地方住民全体であり、これに対して労務提供義務を負うのであり、かつ、その職務の内容は、公共的な政策の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するのである。

地公法三〇条ないし同法三八条の服務に関する諸規定は、まさにこの地方公務員の地位の特殊性及び職務の公共性を明らかにしているものであり、地方公務員が争議行為に及ぶことは、かかる地位の特殊性及び職務の公共性と相容れないばかりでなく、公務の停廃をもたらし、その停廃は地方住民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがあるのである。

(三) 憲法四一条は、我が国の国家機構の基本的な構成原理として国会優越原理(議会制民主主義)を明確にするとともに、同八三条はその財政面における帰結として財政民主主義の原則を明らかにしている。

公務員の勤務条件の中には、給与のように国あるいは地方公共団体の経費の支出と直結するもの、勤務時間、休日のように所要人員への影響を通じて経費支出と関連するもの、あるいは経費の支出との関連性がより薄いものなど種々のものが含まれているが、ひとしく財政処理と密接に関連しているのであり、憲法八三条の法意に照らし、地方議会が財政処理の権限を有することから、当然に地方公務員の勤務条件を決定する権限も地方議会に帰属するのである。

したがって、地方公務員の勤務条件は、法律及び地方議会の制定する条例によって定められているが、給与の支給が地方住民ないし国民の税収等の財源によってまかなわれていることに徴しても明らかなとおり、勤務条件の決定に当たっては、地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮がなされるのは当然の帰結である。

したがって、この場合には、私企業における労働者の場合のように、団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も、団体交渉の裏付けとして本来の機能を発揮する余地に乏しく、かえって地方議会における民主的な手続によってなされるべき勤務条件の決定に対し不当な圧力を加え、これをゆがめるおそれすらあるのである。

(四) さらに、私企業においては、労働者の要求は企業自体の存立を維持するという面からの制約を免れず、また、争議行為に対してはいわゆる市場の抑制力が働くことを必然とするのに反し、公務員の場合にはこのような制約や抑制力が作用する余地はないから、この点からも公務員の争議行為は勤務条件決定に一方的に強大な圧力を加え、その手続をゆがめることになる。

3 以上述べたとおり、地方公務員の労働基本権は、地方公務員の地位の特殊性、職務の公共性及び財政民主主義という憲法上の要請から、公共の福祉すなわち地方住民全体ないし国民全体の共同の利益のため、これと調和するように制約されてもやむを得ないものであり、地方公務員の争議行為を全面一律禁止している地公法三七条一項は合憲である。

二 原告らは、地公法の定める人事委員会制度は、地方公務員の争議権剥奪に見合う代償措置機能を欠如しているから、地公法三七条一項は憲法二八条に違反すると主張しているが、以下に述べるとおり、地方公務員の労働基本権制約に対しては、これに見合う制度上整備された代償措置が講じられているのであるから、地公法三七条一項は憲法二八条に違反するものでないことは明らかである。

1 最高裁四・二五判決は、「公務員についても憲法によってその労働基本権が保障される以上、この保障と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることを必要とすることは、憲法の趣意であると解されるのであるから、その労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる相応の措置が講じられなければならない」と判示している。

2 そこで、地方公務員について法制上いかなる代償措置が講ぜられているかをみると、地公法上、地方公務員には法定事由がなければ免職等をされないとの身分保障があり(同法二七条二、三項)、前述したとおり給与、勤務時間、その他の勤務条件は地方議会の立法である条例によって法定され(同法二四条六項)、任命権者が独自にこれを変更することは許されない制度になっており、重要な労働条件はすべて法令によって保障され、地方公共団体は、勤務条件が社会一般の情勢に適応するように随時適当な措置を講じなければならないものとされている(同法一四条)など、重要な法益はすべて法令による保障を受けている。

また、中立的な第三者的立場から地方公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機関として人事委員会又は公平委員会が設けられており、人事委員会は、職員の勤務条件等について絶えず研究を行い、その成果を地方公共団体の議会若しくは長又は任命権者に提出する権限を有し(同法八条一項二号)、毎年少くとも一回、給料表が適当であるかどうかについて地方公共団体の議会及び長に同時に報告する義務を有し、あわせて給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときは、適当な勧告をする権限を有するものである(同法二六条)。

さらに、職員は勤務条件に関し人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置がとられるべきことを要求することができるとされている(同法四六条ないし四八条)ほか、職員が不利益な処分を受けたときは、人事委員会又は公平委員会に対し審査請求をする途も開かれている(同法四九条の二)。

3 なお、原告らは、人事委員会は中立公平性を具備せず、勧告の作成過程において公務員組合が意思を反映できる保障がないこと、また、勧告には拘束力が付与されておらず、迅速かつ完全に実施される制度的保障がないことを主張している。

しかしながら、人事委員会の委員は、教育委員会、公安委員会等の委員と同様に、議会の同意を得て知事が選任する(同法九条二項)こととされており、委員の構成に公正を欠いているとの原告らの主張は、住民の代表者により構成されている議会の意思を無視しているというべきである。加えて、人事委員会は、中立的な第三者的立場から生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従業者の給与その他の事情を考慮して、適当な給与勧告をする(同法二四条三項及び二六条)ことのできる、地方公共団体の長から独立した執行機関であり、地方公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する利益を保障する多くの権限を有しているのであるから、代償措置が機能していないという原告らの主張は失当である。

4 以上のとおり、地方公務員の労働基本権制約に対しては、これに見合う制度上整備された代償措置が講じられているのであるから、結局、地公法三七条一項が憲法二八条に違反するものでないことは明らかである。

第三 争点3(本件処分は、地公法二九条一項の適用上、憲法二八条に違反するか。)について

(原告ら)

一 仮に地公法三七条一項が憲法二八条に違反しないとしても、それは、以下のとおり、争議行為の禁止に見合う代償措置が制度上存在し、かつ、その代償措置が正常に機能していることを前提とするものであり、右代償措置が機能しない場合には、争議権の制限はその根拠を失い、争議行為に対し懲戒処分等を課すことは、憲法二八条に違反し許されないというべきである。

1 国家公務員は、給与改定その他の勤務条件の変更について団体交渉権、争議権を制限され、その代わりに国家公務員の給与は、国会において社会一般の情勢に適応するように決定され、随時これを変更することとし、この給与等の決定、変更について、人事院は、情勢適応の原則に基づいて、国会及び内閣に対して勧告をすることとされ、その勧告は国会及び内閣において最大限尊重されるべきものとされている。その意味において、人事院勧告制度は、正に労働基本権制限の代償措置というべきである。

そして、国家公務員法(以下「国公法」という。)が国家公務員の団体交渉と争議行為を制限禁止する以上は、その代償措置たる人事院勧告制度は、勧告が単に勧告に終わるのではなく、勧告が実施され給与改定が実現されることまでも本来的に予定しているというべきである。

2 このことは、人事院勧告が情勢適応の原則に従って、民間給与に準拠して勧告される趣旨にかんがみても明らかである。すなわち、人事院は、勧告をするため、稠密かつ科学的な官民比較調査を行っているところ、政府・国会といえどもこのような調査能力を有しておらず、国会が国家公務員の勤務条件を社会一般の情勢に適応するように変更するには人事院勧告の力を借りることが必要不可欠なのである。なお、国家公務員の給与決定原則として民間準拠方式がとられている所以は、民間給与が争議権を背景とした団体交渉により決定され、その生存権が確保されていくという仕組みになっているから、このような賃金決定方式を否認されている国家公務員については、民間賃金との格差是正を図ることによって労働基本権制限の代償的機能が果たせることとなるためであり、これに加えて、第一に、国家公務員の給与が民間のそれよりも高いと、納税者・国民の不満を招くし、逆に国家公務員の給与が民間のそれよりも低いと、国家公務員に人材が集まらず、公的サービスの低下をもたらして、結局、国民が不利益を蒙ることになること、第二に、国家公務員の労働基本権を制限する以上はそれに代わり得るだけの代償措置を設けなければならず、給与についていえば民間並み(世間並み)の給与を保障することによって人並みの生活を保障するのが当然だということにある。したがって、たとえ一年度といえども人事院勧告を凍結したり値切ったりしてはならないのである。なぜなら、国家公務員には民間並みの給与、人並みの生活を保障しなくてもよいという論理は成り立たないからである。実際、人事院勧告が財政事情いかんにかかわらず完全実施されるべきものであることは、人事院、国会、内閣によってたびたび確認され、昭和四五年度からは、人事院勧告を完全実施することが慣熟した慣行になっていたのである。

3 したがって、内閣をはじめ関係する当局は、人事院勧告を最大限に尊重し、これを完全実施するように誠実に法律上及び事実上可能な限りの努力を尽くすべきであって、もしそのような努力を尽くさないで人事院勧告が迅速公平に完全実施されず、国家公務員の給与改定の代償措置としての役割が果たされないような事態、つまり代償措置が実際上画餅に等しいとみられる状態が生じた場合には、人事院勧告制度はその機能を失ったものというべきであり、そのような場合には、争議行為を禁止することは許されないというべきである。

もとより、人事院勧告といえども政府に対し不可能を強いるものではないから、関係者があらゆる努力を払ってもなお勧告を実現できない場合、あるいは不実施の部分が僅少にとどまる場合などは、いまだ人事院勧告が本来の機能を果たしていないと即断するべきではないが、この制度が本来、国家公務員に対して保障されるべき労働基本権制約の代償であり、労働基本権は生存権に直結する重大な権利であること、この制度が給与などの勤務条件改善のためのほとんど唯一の現実的手段であること、国家公務員には争議行為禁止が厳しく求められていることを勘案すると、当事者はもとより関係者はそれぞれの立場において、誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くす義務があり、この最大限の努力義務を尽くし人事院勧告をそのまま実施しないことが真にやむを得ないと認められる場合でない限り、人事院勧告をそのまま実施しない場合には、代償措置はその本来の機能を果たしていないといわざるを得ないのである。

以上の理は、人事委員会勧告についても同様である。

二 以下のとおり、国及び北海道は、誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くさず、昭和五七年度においては人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告を全く実施せず、昭和五八年度においても人事院の専権であった給与表を独自に作成し、給与の改定を行うなどしたものであり、人事院勧告制度は、両年度においては、争議行為の禁止に見合う代償措置として機能していなかった。したがって、これらの完全実施を目的として行われた本件争議行為は、憲法上許容された争議行為というべきであり、これに地公法二九条一項を適用した本件処分は憲法二八条に違反する。

1 昭和五七年度について

(一) 国は「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」と認められるか。

(1) 昭和五七年度の国の財政は「未曽有の危機的な状況」にあったか。

(イ) 巨額の歳入欠陥について

政府が昭和五七年度の人事院勧告を凍結した最大の理由は、同年度に「六兆円にものぼる歳入欠陥が予想され」、同年度の国の財政が「未曽有の危機的な状況」にあったという点である。そこでまず巨額の歳入欠陥について検討を加えよう。

(a) 歳入欠陥とは

「歳入欠陥とは、予算の歳入見積もりよりも、現実の歳入が少ないことによって生ずるもの」である(甲第四八一号証一頁)。したがって、歳入見積もりが過大であれば当然のこととして歳入欠陥を生ずる。分かりやすい例をあげてみよう。

歳入見積もり 現実の歳入 歳出   歳入欠陥

四五兆円   四五兆円  四五兆円 〇円

四五兆円   四五兆円

プラス赤字 五〇兆円 〇円

国債五兆円

五〇兆円   四五兆円  五〇兆円 五兆円

当初予算では「現実の歳入」は歳入見積もりとして表されるから、右表の「現実の歳入」というのは、「正確に見積もった歳入」と考えればよい。右の表で説明すると、当初予算の歳入を正確に見積もると四五兆円だとする。この場合は、見積もりと現実の歳入とは一致しており、これに合わせて四五兆円の歳出の当初予算を組めば、歳入欠陥はでない。その場合に、歳出が四五兆円では不足するのでプラス五兆円の赤字国債を加えて五〇兆円の歳入とし、これに合わせて五〇兆円の歳出の予算を組んだときも、歳入欠陥はでない。ところが歳入見積もりを正確に行わず、これを過大に見積もって五〇兆円とし、これに合わせて五〇兆円の歳出を組めば、五兆円の歳入欠陥がでるのは理の当然である。この場合、見積もりが過大であればあるほど、歳入欠陥の額も大きくなる。

したがって巨額の歳入欠陥を生じたこと自体は、財政が危機的状況を意味するものではない。事実、昭和五七年度の実際の歳入は、例年に比べて落ち込んでいるわけではなく、例年と大差ない程度に前年比で伸びている(鷲見証言第三二回期日速記録一一頁、甲第一三七号証)。これをみただけでも、昭和五七年度の国の財政が危機的状況になったこと、いわんや「未曽有の危機的状況」になかったことは、あまりにも明白である。

巨額の歳入欠陥は、予算編成時には予測できなかったような「特別の事情(例えばバブルの崩壊)」でもない限り、「予算編成の時点ではっきりした数字を基にした歳入見積もりをしていれば生じない性質のもの」なのである。すなわち、さきにも述べたように、「歳入欠陥が多いということは、財政危機とは別次元の事柄」なのである。現に、「バブル崩壊後に巨額の歳入欠陥を生じた時には、歳入欠陥そのものを『財政危機』とする議論は」なかった。(甲第四八一号証一〜二頁)。

(b) 巨額の歳入欠陥を生じた理由

まず歳入の大部分を占める税収が、当初予算編成の際にどのように推計されるかについて説明するに、それは、① 前年度の税収(といっても前年度の税収は、その年度の終了後の決算の時にならなければ確定的なことは分からない。あくまでも翌年度予算編成がなされる前年一二月段階での見通しである)、② 翌年度の経済成長率見通し、及び③ 租税弾性値の三要素によって算定される(甲第四八一号証、七頁)。

ところが、昭和五七年度の当初予算の編成に当っては、確たる根拠もないのに、政府は三要素のいずれをも過大に設定した。これでは同年度の途中で巨額の歳入欠陥を生じない方がおかしい。

まず、甲第四八一号証二頁、第四八二号証で明らかなように、昭和五六年度の税収が三二兆二八四〇億円であるのに対して、昭和五七年度のそれは三六兆六二四〇億円となっており、前年度比で実に13.4パーセントの伸びとなっている。甲第四八一号証二〜三頁で明らかなように、昭和五六年度の当初予算での三二兆二八四〇億円の税収も、前年度比で実に22.2パーセントの伸びになっていた。これも政府の過大見積もりであったため、補正予算で四五二四億円の減額補正がなされたが、しかしその程度の歳入欠陥ではおさまらないことは、昭和五七年度の当初予算での国会審議の際にすでに問題にされていた(鷲見証言同六〇〜六四頁)。昭和五六年一一月現在の税収実績は、政府が見込んでいた前年比22.2パーセントに比べ9.8パーセントにすぎなかったから、これは当然のことである。これが一一月段階までの実績なのだから、同年度に後四か月が残されているとはいえ通年度で9.8パーセントから22.2パーセントに伸びるなどということは、常識では考えられないことである。事実、この年度は三兆三三一九億円(対当初)の歳入欠陥を生じている(甲第一六一号証)。昭和五七年度の当初予算を算定するに当って、前年度の税収については、現実性がないこと明らかな額を前提にしていたのである。

昭和五八年度以降は、昭和五七年度に超過大見積もりにより巨額の歳入欠陥を生じたことに懲りて、当初予算での歳入の過大見積もりは影をひそめ、したがって巨額の歳入欠陥を生じていない。その結果、昭和五八年度の当初予算の税収見積もりは三二兆三一五〇億円で、昭和五七年度比で11.8パーセント減、昭和五九年度のそれは三四兆五九六〇億円で、昭和五七年度比で1.05パーセント減になっている(甲第四八一号証三頁、第四八二号証)。このことをみても、昭和五七年度当初予算の税収見積もりが如何に過大であったかが分かる。

次に、経済成長率見通しについてみると、昭和五四年度から昭和六一年度の間、たとえば昭和五四年度の民間調査機関の見通しは、7.4パーセントから11.1パーセントまでに分かれており、一一パーセント台が一、一〇パーセント台が二あったから、政府見通しの9.5パーセントが異常に高目だったとはいえない。昭和五五年度の政府見通しは、むしろ控え目な部類に属するといえる。昭和五六年度も政府よりも高目の見通しがあったのだから、政府見通しがとくに異常に高かったとはいえない。

ところが、昭和五七年度の政府見通し8.4パーセントは、民間調査機関のいずれの見通しよりも飛び抜けて高目になっており、政府見通しが異常に高目であったことが明白である。このとき日銀総裁が政府の高目設定を批判しているが(甲第一五八号証)、このようなことはその前にもその後にも例のない異例・異常なことであった(鷲見証言第三三回期日速記録一六頁)。昭和五八年度以降をみても、政府見通しは、民間調査機関のそれに比べて突出した高目設定はしていない。これらのことからみても、昭和五七年度の政府見通しが、如何に異常な高目設定であったかが歴然としている(甲第四八一号証、第四九二号証)。

次に、租税弾性値についてみると、政府委員の説明によると、昭和五七年度の税収算定には1.61という数値が用いられた(甲第四八一号証五頁、第一四五号証、鷲見証言同一八頁)。しかしそれまでの過去一〇年間の平均値が1.2だったというのだから(甲第一六〇号証、鷲見証言同一七〜一八頁)、右の数値が如何に異常に高かったかが分かる。一般に租税弾性値は好況のときに高くなり、不況のときは低くなる傾向がある(甲第四八一号証四頁)。当時は日本経済が低成長の時代に入っていたのであり、とくに昭和五七年度は第二次オイルショックを迎えて不況の時期であったのだから、昭和五七年度の租税弾性値が従来のそれより低くなりこそすれ、大幅に高くなることがありえないことは、誰の目にも明らかであった。

甲第四八三号証で明らかなように、租税弾性値の実績は、高度成長期であった昭和四〇年代(名目成長率平均16.4パーセント)でさえ平均1.35であった。租税弾性値が1.6を超えたのは、経済成長率が最も高かった昭和四八年度(成長率21.0パーセント)の1.92だけである。昭和五〇年代は、経済成長率が平均8.2パーセントで租税弾性値の平均は0.93でしかなった。昭和五五年度は1.21、昭和五六年度は0.53、昭和五七年度は0.83であった。昭和五七年度の当初予算で用いた数値1.61に比べて、実績はその半分でしかなかったのである。

以上をみれば、政府が昭和五七年度の当初予算の税収算定に当って、これを意図的に異常に高く設定したことは否定の余地がない。このように税収算定の三要素を三つとも異常に高く設定することが、偶然に生じたと考えることは経験則に著しく反している。

ではなぜ政府・大蔵省がこのような超過大な歳入見積もりを意図的にしたかといえば、それは当時の鈴木内閣の財政再建計画(昭和五六年度から昭和五八年度にかけて各年度の赤字国債発行額を二兆円ずつ減らし、昭和五九年度に赤字国債発行額をゼロにするという計画)が進んでいるという体面を取り繕うためである。事実、昭和五七年度の当初予算では二兆円に及ばなかったものの、前年度に比べて約一兆五〇〇〇億円ほど赤字国債の発行を減らしている。しかしそれは実情を無視した削減であったから、無理を承知で歳入(税収)を過大に見積もらざるをえなかったのである。そうしなければ、鈴木内閣の公約である財政再建計画が達成不可能であることを、昭和五七年度の当初予算そのもので露呈してしまうからである。つまりそれは、財政再建計画達成という内閣の面子を保つための意図的な粉飾予算であったのである。同年度の巨額の歳入欠陥は、当面を糊塗するための粉飾予算の当然の帰結にほかならなかった(鷲見証言同二四〜二五頁)。

(ロ) 概算要求基準の意味するもの

甲第一三八号証八九頁によると、昭和五七年度に大蔵省が各省庁に示した概算要求基準(いわゆるシーリング)はゼロ(対前年度比で伸び率をゼロに抑えるという意味。以下もいずれも対前年度比)であるが、同年度になって突如としてこのような状態になったのではなく、昭和五〇年度以降概算要求基準は次第に低下し、昭和五三、五四年度には一般行政費のうち経常事務費はゼロに落ちており、昭和五五、五六年度も一般行政費はゼロ、「その他」も次第に低下している。昭和五七年度のゼロ・シーリングは、こうした長年にわたる長期低落傾向の当然の成り行きだったのである。その証拠に昭和五八年度には「マイナス五パーセントの範囲内(除く投資的経費)」、昭和五九年度から昭和六二年度までの間は「経常部門マイナス一〇パーセント、投資部門マイナス五パーセントの合計額の範囲内」、昭和六三年度から平成四年度までの間は「経常部門マイナス一〇パーセント、投資部門ゼロの合計額の範囲内」というふうに、昭和五七年度よりもそれ以降の年度の方が大蔵省の財政事情認識は厳しさを増している。それにもかかわらず、昭和五九年度の6.44パーセントの人事院勧告に対し実施は3.37パーセント、昭和六〇年度の5.74パーセントの人事院勧告に対し実施は同年七月一日から、昭和六一年度以降は人事院勧告を完全実施している(甲第一四〇号証)。昭和五八年度以降も、人事院勧告完全実施の昭和六一年度以降も、政府が国の財政は「未曽有の危機的な状況」だといったことは一度もない(概算要求基準は国の財政事情の厳しさの程度を端的に示す微表である。以上につき鷲見証言第三二回期日速記録一二〜一九頁)。

(ハ) 財政再建について

鈴木内閣の財政再建計画はすでに初年度(昭和五六年度)から破綻していた。たしかに昭和五六年度の当初予算では、前年度より赤字国債の発行額を二兆円減らしている(甲第一三八号証九四頁)。しかしこの大変急な減額には無理があり、同年度の当初予算の歳入を過大見積もりしていたため、さきに述べたように、同年度には巨額の歳入欠陥を生じ、補正予算で赤字国債を三七五〇億円、建設国債を二五五〇億円(合計六三〇〇億円)を増発している(甲第一五九号証九四頁)。これにより「来年度(五七年度)の税収不振も避けられない情勢となったため、大蔵省は五九年度までに赤字国債の発行をゼロにするという財政再建目標の大前提となっている『財政の中期展望』(五五〜五九年度)を全面的に改定する方針を決めた」(甲第一四四号証、昭和五六年一二月二二日日本経済新聞夕刊)。昭和五七年度も当初予算でこそ赤字国債を減らしたものの(それさえも二兆円という目標を割り込んでいる)、それでは財政がもつはずがなく、補正予算では三兆三八五〇億円もの赤字国債を増発している(甲第一三八号証九四頁)。すでに同年一〇月に鈴木内閣が退陣すると、あとをついだ中曽根内閣は、昭和五九年度赤字国債発行ゼロの財政再建計画を白紙に戻している(鷲見証言第三二回期日速記録六六〜六七頁。甲第一四六号証)。それは昭和五七年一二月一六日の本件ストよりもずっと前のことである。つまり本件ストの時点では状況が大きく変わっていたのであり、この時点では財政再建計画が人事院勧告凍結の理由たりえなくなっていたことは明らかである。しかも、このように財政再建ないし財政健全化は、その時々の経済情勢とそれに対応する政府の政策によって変動可能性を絶えず内包したものであるから、これを絶対不動の前提として労働基本権制限の代償措置である人事院勧告の実施を左右するのは極めて不当である。

この点、平成七年二月二八日東京高等裁判所判決(判例タイムズ八七七号)は、「高いレベルにあった当時の国債依存度」、「赤字国債への依存から脱却し財政再建することは緊急な国民的課題であるというべく」と述べて、「この問題が人事院勧告凍結の理由のひとつとなり得ないと解することはできない」と判示している。しかしこの判示が事実に沿わないことは、以上に述べたことで明らかである。のみならず単年度の国債依存度についていえば、昭和五七年度が29.7パーセントであるのに対し、昭和五一年度は29.4パーセント、昭和五二年度は32.9パーセント、昭和五三年度は31.3パーセント、昭和五四年度は34.7パーセント、昭和五五年度は32.6パーセントであり、また赤字国債依存度についてみると、昭和五七年度が18.9パーセントであるのに対して、昭和五一年度は18.7パーセント、昭和五二年度は21.6パーセント、昭和五三年度は18.6パーセント、五四年度は22.4パーセント、五五年度は20.9パーセントであり、いずれも昭和五七年度と同程度かそれよりはるかに高い依存度である(甲第一三八号証九四頁)。ところがこれらの年度では、いずれも人事院勧告は完全実施されている。それなのに昭和五七年度に限って、突如として国債依存度あるいは赤字国債からの脱却を理由に人事院勧告を凍結することは筋が通らない。

これに対し、単年度の国債依存度よりも、国債残高・赤字国債残高が昭和五七年度当時に大幅に増大していたのが問題なのだ、という見方もあるかも知れない。しかしこの点も、人事院勧告凍結の理由にするには無理がある。因みに昭和五七年度の国債残高は九六兆余円(うち赤字国債残高は四〇兆円)、国債の利払いは六兆円であるのに対し、平成八年度の国債残高は約二四〇兆円(うち赤字国債残高は約九六兆円)、国債の利払いは一一兆余円である。また、昭和四一年度以降平成四年にかけて国債残高・赤字国債残高は累増の一途を辿っている。昭和五七年度だけを特別視することができないことは極めて明白である。

しかも、昭和五七年度に財政再建が「緊急な国民的課題」(前記東京高裁判決)になっているといいながらも、実際には二兆円の赤字国債削減どころか、人事院勧告を凍結する一方で七兆三〇九〇億円(補正後)もの赤字国債を発行しているのである(甲第一三八号証九四頁)。これらの事実からみれば、赤字国債からの脱却・財政再建を「緊急な国民的課題」というのは、結局のところ人事院勧告凍結を合理化するための口実に利用されたにすぎないことが歴然としている。

(2) 財政上のやり繰りについて

(イ) 前記の東京高裁判決は、「給与支給の原資が乏しければ給与の増額は見送らざるを得ない」と判示しているが、給与増額の原資の有無は決して絶対的・固定的なものではない。問題は、限られた財政(財源はどの年度でも限られている。財源が無限にある、あるいは無限に調達できる年度などありえない)をどういう費目にどれだけの額を使うかという財源配分の問題なのである。その意味で人事院勧告完全実施のための財源が「ある」、あるいは「ない」というように絶対的に決めつけることのできる問題ではない。政府が人事院勧告を真に最大限に尊重する立場に立ってこれを完全実施する腹をきめれば、そのように財源を配分することになり、その場合には人事院勧告完全実施の財源は「ある」ということになるし、人事院勧告をそれほど尊重する立場に立たず、残された財源をすべて他の費目に回すことになれば、「財源はない」ということになる。要は政府に人事院勧告を完全実施する気があるかどうかである(後藤田総務長官も、「金がないからと財政当局は当初に言っておいて、あとでたくさん決算剰余金が出てくるような財政当局の主張に対しては自分は承服できない」「結局それは優先度合いの問題ではなかろうか」と述べている[千葉証言第四〇回速記録四九〜五〇頁、甲第二八五号証]。)。

現に昭和五七年度の補正予算は全体としてみれば減額補正になっているが、費目別にみれば額を削られていないものもあれば、増額されているものもある(甲第一八四号証)。さきにも述べたようにこの補正予算ではかなりの額の赤字国債が増発されてもいる。また、昭和五七年度の決算剰余金が、七五六二億円もあったことを見落としてはならない(甲第一八五号証)。同号証によれば、昭和五三年度から昭和五六年度までをとってみても、五千数百億から九千数百億円の決算剰余金を生じているのであるから(昭和五八年度から昭和六一年度についていえば一兆円、二兆円を超える決算剰余金を生じている)、こうしたことを考慮に入れて人事院勧告を完全実施することも政府の選択肢として存在していた。決算剰余金がいくら生ずるかは、決算を行ってみなければ分からないという反論があるだろう。しかしその確定的な額は決算をまってみなければ分からないということはあろうが、数千億円(昭和五七年度の場合は七五六二億円)というような巨額の剰余金を生ずるような場合には、およその見当は補正予算の段階でつくはずだし、万が一赤字になったとしても、後に述べる決算調整資金で補うことができる。

(ロ) また、財政上のやり繰りで新たに財源を調達するという方法もいくらでもある。

(a) 国債整理基金から融通する方法

年度末の未整理基金から、決算調整資金を通して一般会計に繰入れることは可能であり、昭和五七年度には八九三九億円の範囲内で一般会計に繰り入れることが可能であった(鷲見証言第三三回期日速記録五七〜五八頁、甲第一〇八号証)。

(b) 外国為替資金特別会計の「予備費」から流用する方法

外国為替資金特別会計では、昭和五七年度に「予備費」五七九七億円の範囲内で一般会計への繰り入れが可能であった(鷲見証言第三三回期日速記録五九頁、甲第一八一号証一一二頁)。

(c) 自動車損害賠償責任再保険特別会計の「予備費」から流用する方法

自動車損害賠償責任再保険特別会計では、昭和五七年度に「予備費」約一兆二〇〇〇億円の範囲内で一般会計に繰り入れることが可能であった(鷲見証言第三三回期日六一頁、甲第一八一号証一〇八頁)。再保険金支払の再保険料収入に対する割合(損害率)が一〇〇パーセントを超えれば予備費を取り崩さなければならないが、一〇〇を超えておらず(甲第一八一号証一〇八頁)、まだ余裕があって予備費はさらに増える可能性があった(鷲見証言同六一頁)。因みにその後、保険者の掛け金を約一三パーセント下げている(鷲見証言同六一頁)。

(d) 資金運用部特別会計から一般会計に貸し付ける方法

資金運用部資金は郵便貯金、年金の積立金であるが、利潤運用をしなければならず、有利で国等に貸し付けている(資金運用部資金法)。昭和五七年度でみると同資金は一二六兆円あり、そのうち例えば長期国債が一九兆円あり、そのごく一部を借り入れるだけで人事院勧告完全実施の所要財源を賄うに十分である。

(e) 決算調整資金を取崩す方法

一般会計の決算上不足を生じた場合には「決算調整資金に関する法律」により、決算調整資金から穴埋めすることができる。

原告らは、いずれかの資金の全部を人事院勧告完全実施の財源とすることを主張しているわけではなく、それぞれの一部、或はそのうちの一部の資金からいくらかずつを一般会計に繰り入れるだけで人事院勧告完全実施の財源を賄うことが十分に可能であることを指摘したいのである。あるいは同年度の補正予算で赤字国債を三兆三五八〇億円を追加発行しているのであるから、これに人事院勧告完全実施のための所要額三三八〇億円(当初予算に計上していた給与改善費一パーセントを取り崩さなければ、約二七〇〇億円。鷲見証言同二九頁)を加えても国家予算にそう大きな影響を与えるものではない。(それとも他の費目のためには財政上のやり繰りをしても、あるいは赤字国債を追加発行しても、人事院勧告実施のためにはそのような手当ては一切しないというのであろうか。もしそうだとすれば、人事院勧告は、財政上他の費目よりも劣後的に扱われていることになる。そうであれば、人事院勧告は公務員の労働基本権制限の代償措置としての憲法的意義を完全に奪われているといわなければならない。問題は、政府が人事院勧告完全実施のために財源捻出の工夫をする気になるかどうかなのである。)

(ハ) もとより、以上の財政上のやり繰りについては、補正予算に盛り込んで国会の承認をうけなければならないし、一般会計への繰り入れについて既存の法律規定が存在しない場合は、特別の立法措置が必要になる。この点、前記の東京高裁判決は、国債整理基金等で人事院勧告完全実施の財源を調達することができたという控訴人側の主張に対して、国債整理基金等は「それぞれ法律上他の目的の財源として使用することのできないもの、一般会計への繰り入れが認められないもの或は一般会計への繰り入れについて国会の議決ないし立法措置を必要とするもの等」であると判示している。しかしこの見解は全体として誤りであるといわねばならない。

そもそも、あげられている国債整理基金等で、一般会計への繰り入れが法的に禁止されているものはない。

まず、資金運用部資金からの借入については、資金運用部資金法七条二号に明らかなように、国に対しても貸し付けることができることを明定している(甲第一九四号証)。昭和五〇年度の補正予算では地方交付税交付金が不足したために、資金運用部資金から一兆一一九九億八〇〇〇万円を借り入れている。しかもこの地方交付税交付金の追加は、地方公務員の給与改善(地方の人事委員会勧告の完全実施)等のためのものであった(甲第一六三号証一〇七五頁、鷲見証言第三四回期日一五〜一六頁)。昭和五六年度の補正予算でも、同じく地方交付税交付金の不足補填のため、資金運用部資金から四億三九六八万円を借り入れている(甲第一六〇号証一〇三二頁、鷲見証言第三四回期日速記録一六頁)。このような資金運用部資金からの一般会計の借り入れは、決して稀なことではなく、平成三年三月現在で一般会計及び特別会計が資金運用部資金から借り入れた金額の合計は三一兆五八六六億円となっている(甲第一九四号証二四四頁、鷲見証言同一四〜一五頁)。また、決算調整資金の取崩しについては、「決算調整資金に関する法律」七条に明定されている。

さらに、一般会計への繰り入れについて既存の法律規定が存在しない場合は、特別の立法措置を行なうことができる。その一例として「昭和五十八年度の財政運用に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律」(甲第一七九号証)がある。この法律では以下のことが定められている。すなわち、① 特例公債の発行(財政法四条一項では公債発行は、いわゆる建設国債しか認められていないので、赤字国債の発行は当年度毎にこのような特別立法によって行なわれている)、② 一般会計からの国債整理基金特別会計法二条一項による国債整理基金への繰り入れ停止(この措置もしばしば行なわれている)、③ 自動車損害賠償責任再保険特別会計からの一般会計への繰り入れ、④ あへん特別会計からの一般会計への繰り入れ、⑤ 造幣局特別会計からの一般会計への繰り入れ等である。このような特別立法による財源確保は、他の年度でもしばしば行なわれている(甲第四八四号証の一、二、四八五〜四九一号証)。

このような特別立法による、あるいは前記のその他の方法による財源確保は、昭和五七年度にもやろうと思えばいくらでもできたことである。このような場合、補正予算や特別立法は国会の承認や議決を必要とするが、国会もまた「誠実に法律上および事実上可能なかぎりのことをつく」すべき当局側の関係者なのである。けだし、国会の予算の承認あるいは法案の議決なしには、人事院勧告が実施されることは絶対にありえないからであり、かつ国会もまた憲法二八条を順守すべき立場にあることは論をまたないからである。

以上のような財政上のやり繰りは、内閣や国会の政治的裁量に委ねられているという反論が予想されないではないが、他の費目のためには特別の措置を講じても、人事院勧告完全実施のためにはそのような措置は講じないというのであれば、さきにも述べたように、人事院勧告の公務員労働基本権制約の代償措置としての憲法上の意義は、完全に否定されたことになることを忘れてはならない。国会が人事院勧告完全実施を盛り込んだ補正予算を承認したり、財源確保のための法案を議決したりすることは、「法律上可能な限りのこと」に含まれることはいうまでもあるまい。これらの特別の措置が通常しばしばとられているというのに、そうした措置をとらないでいきなり人事院勧告凍結という異例・異常な措置に飛躍するのは、著しく説得性に欠けるものといわなければならない。昭和五七年度の国の財政事情には厳しいものがあったことは事実であるが、人事院勧告の完全実施、少なくともその部分的実施さえも行い得なかったとは認めがたい。すなわち、同年度の人事院勧告の実施について、政府・国会が「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」とは、到底認めがたいのである。

なお、人事院勧告と同様に労働基本権制限の代償措置とされている公共企業体等労働委員会の仲裁裁定は、昭和五七年度も完全に実施されている。しかも、国鉄、林野のような赤字経営のところも含めて完全実施されているのである。このように公共企業体等労働委員会の仲裁裁定が完全実施されたことをみても、人事院勧告の完全実施が財政上不可能であったとは認めがたい。また、人事院勧告も公共企業体等労働委員会の仲裁裁定も、ともに、労働基本権制限の代償措置たる意義をもつ点で変わりがないにもかかわらず、公共企業体等労働委員会の仲裁裁定を完全実施しながら、人事院勧告を凍結することは、著しく不合理、不公平な扱いであったといわねばならない。

(3) なお、地方公務員である原告ら北教組組合員が国家公務員に関する人事院勧告の完全実施を求めてストを行ったのは、現実の問題として国が人事院勧告を完全実施しない限り、各都道府県もその人事委員会勧告を完全実施しないからである。各都道府県がこれを完全実施するかどうか、凍結するかどうか、どの程度実施するかは、すべて国の例に倣っているという現実があるのである。このため地方公務員も、国家公務員と一緒になって人事院勧告の完全実施を求めてストを行うのである。

(二) 北海道は人事委員会勧告の完全実施につき「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」と認められるか。

(1) 昭和五七年度の北海道の財政状況

昭和五七年度の北海道の財政状況は、一般会計及び特別会計を合わせて歳入が一兆七三七一億円余、歳出が一兆七二七七億余で、前年度に比べて歳入において九二一億円余(5.6パーセント)、歳出において八九七億円余(5.5パーセント)増加している。そのうち、一般会計は、歳入が一兆六七一〇億円余(前年比4.9パーセント増)、歳出が一兆六六二二億円(同4.8パーセント増)で、実質収支は八一億円の黒字であった。

一般会計の主要な財源についてみると、地方交付税は約三九八六億円(構成比23.9パーセント)で前年度に比べ約四五〇億円(12.7パーセント)の増加、道税は三二六二億円(構成比19.5パーセント)で前年度対比4.5パーセントの増加であった。

積立金の年度末残高は、財政調整基金が三八四億円、減債基金が三六四億円、その他特定目的基金が一八六億円、合計九三五億円であった。

さらに、昭和五七年度にはそれまでに例をみない道債の繰上償還二億〇六〇〇万円を行っている。

以上のとおり、昭和五七年度の北海道の財政状況は、順調であり、決して「異常に厳しい状況」ではなかった。(以上、甲三四六〜三五〇及び高橋庸証言三〇〜三四頁)

(2) 勧告実施のための財源を確保することは可能であった。

同年度の北海道人事委員会勧告は4.53パーセント、平均一万〇四四七円の給与改善を内容とするもので、それを完全実施する場合の所要額は約二二〇億円(歳入総額の約1.3パーセント)であった(甲三四三、三四五)。北海道はこの勧告を全く実施しなかったのであるが、当時の北海道の財政状況からみてその完全実施のための財源を確保することは十分に可能であった。

すなわち、① 財政調整基金(期末残高三八四億円)を取崩して給与財源に充てる、② 一般財源をもって予算計上されている公債費(八五九億円余)の一部を減債基金(期末残高三五四億円)の取崩しで賄い、それによって浮く一般財源を給与財源に充てる、③実質収支八一億円をあらかじめ給与財源に充てる、④ 道債繰上償還二億円を実施せず給与財源に充てる、これら①〜④のいずれかの方法を取捨選択することによって財源の確保は十分可能であった(高橋証言三五〜四六頁)。

(3) 当局のいう人事委員会勧告凍結の理由

知事は、昭和五七年一二月の第四回定例道議会において、勧告の完全実施をしない理由として、従来から国家公務員の給与改定と同様に道職員の給与改定を行って来た経過があるので単に北海道の財政上の観点から判断できないこと、勧告を実施するか否かについては国会の論議や他府県の動向を見極めて判断すると再三にわたって答弁しているものの、北海道の財政状況が厳しいから実施が不可能とは答えていない(甲三四四、高橋証言八〜一六頁)。

なお、国が給与改定を見送ったのに北海道のみが給与改定した場合には、義務教育費の国庫負担分が得られないとか、財政上の制裁措置が云々されるが、法令上その根拠は認められないし、知事も議会において自治省通達は制裁措置に触れていない旨を答弁している(甲三四四の六三)。また、北海道が国と同様に給与改定を行うことについては、もともと、地方公共団体は、地方自治の本旨に基づいて、独自に財産を管理し、行政を執行する権能を有するとされているのであり(憲法九二、九四条)、地方公務員の給与は「生計費並びに国及び地方公共団体の職員並びに民間事業の従業者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない」(地公法二四条三項)と規定されているように、国家公務員の給与も生計費や民間労働者の給与と並んで考慮すべき事項の一つに過ぎないのであって、何がなんでも国家公務員の給与改定と同様の取扱をしなければならないものではない。

(4) 結局、北海道当局は、当時の北海道の財政上北海道人事委勧告を完全実施することが可能であり、北海道独自の判断で完全実施することに法律的な制約がないのにもかかわらず、政府の人事院勧告凍結方針に追随して地方公務員の給与改定を全く実施しなかったのであるから、使用者として北海道人事委員会勧告の完全実施に向けて「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」とは認められない。

3 昭和五八年度について

国は人事院勧告の完全実施につき「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」と認められるか。

(一) 昭和五八年度の国の財政は「異例に厳しい財政事情」であったか

(1) 租税・歳入の状況

政府は、昭和五八年度の国の財政が「異例に厳しい財政事情」であったことを「理由」に、6.47パーセントの人事院勧告を2.03パーセントに大幅に値切って実施した。しかし同年度の国の財政が「異例に厳しい」状況にあったとは認められない。

甲第一三七号証(財政統計・平成四年度版)の「昭和四三年度以降一般会計歳入主要科目別決算」の「租税」欄や「合計」欄の昭和五八年度を例年と比較してみても、多少の異同はあるものの、前年度比で伸びているのであり、例年と比較してとくに「異例に厳しい財政事情」であったとは認めえない(鷲見証言第三二回期日速記録一一〜一二頁)。

(2) 概算要求基準

昭和五八年度に大蔵省が各省庁に示した概算要求基準は、「未曽有の危機的な財政事情」といわれた前年度のそれがゼロであったのに対し、「マイナス五パーセントの範囲内」となっており(甲第一三八号証八九頁)、財政事情の認識は前年度より厳しさを増している。さらに昭和五九年度以降の財政要求基準は、さきに述べたように、さらに一層厳しいものとなっている。これまたさきに述べたように、概算要求基準は国の財政事情の厳しさの程度を端的に示す徴表である。それなのに昭和五九年度以降は「異例に厳しい財政事情」とはいっていない。

(3) 国債残高等

昭和五八年度の国債残高、赤字国債残高はそれぞれ一〇九兆六九四七億円、四七兆〇五九九億円であるが(甲第一三八号証九四〜九五頁)、その後年を逐うごとに累増していったこと、国債費やそのうちの利払い費、それぞれの一般会計に占める割合も年を逐うごとに増加していったことは、さきに述べたとおりである。

以上、(1)ないし(3)を通じてみると、昭和五八年度は「異例に厳しい財政事情」ではなかったことが明らかである。

また昭和五八年度は財政再建計画がもともと存在しなかったことは、すでに述べたところで明らかである。甲第一四七号証(財政金融統計月報一九八三年四月号 昭和五八年度予算特集一四頁)では、「財政の中期試算」という見出しの下に、「政府の方針であった『昭和五九年度特例公債脱却』を前提としていたのに対し、『中期試算』は、『昭和五九年度特例公債脱却』の実現が困難となり、また現下の経済情勢の下で財政の将来について定量的な見直しを作成することは困難であることから、名称を展望から試算に改め特例公債の減額幅について一定の仮定の下に複数の試算を示している。『中期試算』も、『中期展望』と同様、将来の予算編成を拘束するものではなく、また、計上された係数は、推計の前提等に応じ、適宜見直されるべきものであることはいうまでもない。この『中期試算』においても示されているとおり、今後の財政をめぐる環境は今まで以上に厳しい状況にある」と述べ、ABCの三つの試案を提示している。(同号証一五〜一六頁)。この時点でも大蔵省は、明確な展望を描きだすことができず、手探りで模索している有様だったのである(鷲見証言第三二回期日速記録六九〜七〇頁)。甲第一四八号証によると、大蔵省の中期展望では昭和六三年度のそれでも何時になったら赤字国債発行ゼロになるかの展望を示しておらず、平成元年のそれで初めて平成二年度からゼロの展望を示している。しかし実際にはその後も赤字国債あるいは実質上の赤字国債が発行されている(鷲見証言同七四〜八三頁、甲第一四九号証、第一五〇号証、第一五一号証)。このようにみてくると、昭和五七年度に財政再建を理由として人事院勧告凍結が強行されたことは、公務員に対して全く無意味な犠牲を強いたことになる。全く馬鹿馬鹿しいかぎりである。また右の「中期試算」では、今後財政状況が厳しさを増していくことが明らかにされており、昭和五八年度の財政のみが「異例に厳しい財政事情」にあったとはいえないことが明らかである。

(二) 財政上のやり繰り

すでに述べたように、政府は昭和五八年度に多額の財政上のやり繰りを行なっている。甲第一八三号証に示されたやり繰りの合計額は、二兆一三一七億円にのぼる。このほか同年度には、やり繰り可能なものとして、国債整理基金として八九三九億円、外国為替資金特別会計の「予備費」としてなお約一二〇〇億円近くの余裕、自動車損害賠償責任再保険特別会計としてなお約一兆円近くの余裕があった。同年度の人事院勧告完全実施の所要額は三一〇〇億円程度であったが、以上の状況からみてそれだけの額の捻出ができなかったとは到底考えられない。政府は、他の費目のためにはやり繰りを行なう積もりはあっても、人事院勧告完全実施のためにはやり繰りを行なう積もりは全くなかったといわざるをえない。これをもって人事院勧告軽視といわずして何といおう。

三 以上の如くであるから、昭和五七年度・同五八年度の人事院勧告完全実施ないし北海道人事委員会勧告完全実施につき、国あるいは北海道が「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」とは、到底認められず、また僅か二時間のストが事柄の重要性に比し手段・態様の点で相当性の範囲を逸脱していたとは認められず、したがって本件各懲戒処分は違憲である。

(被告)

一 原告らは、当該人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告完全実施につき、国及び北海道が「誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くした」とは認められず、僅か二時間のストが事柄の重要性に比し手段・態様の点で相当性の範囲を逸脱していたとは認められないのであって、地公法三七条一項を地方教育公務員の争議行為に適用し、本件懲戒処分を行ったことは憲法二八条に違反する旨主張しているが、被告は以下に述べるとおり反論する。

二 昭和五七年度及び同五八年度の給与改定に至る経過

原告らは、「人事院勧告は完全に実施されて始めて代償措置としての意味をもち」、「国の財政事情等を理由に人事院勧告不実施を安易に是認することがあってはならない」と主張しているので、まず、昭和五七年度及び同五八年度の給与改定に至る経過から述べることとする。

1 昭和五七年度の人事院・人事委員会勧告

(一) 人事院勧告の取扱い

(1) 人事院は、昭和五七年八月六日、国会及び内閣に対し、国公法二八条及び一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)二条に基づき、国家公務員の給与について一人当たり平均一万〇七一五円(4.58パーセント)の引上げを同年四月一日から実施すべきである旨の勧告を行った。

(2) 政府は右勧告の取扱いについて、同年九月二四日、公務員の給与に関する取扱いについての閣議を行った。

政府は、右閣議において、国家公務員の給与については、「一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける国家公務員の給与については、去る八月六日に人事院勧告が行われたところであり、労働基本権の制約、良好な労使関係の維持等に配慮しつつ検討を進めてきたが、未曽有の危機的な財政事情の下において、国民的課題である行財政改革を担う公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があることにかんがみ、また、官民給与の較差が一〇〇分の五未満であること等を総合的に勘案して、その改定を見送るものとする。」と決定した。

(二) 政府の地方公共団体への対応

(1) 右閣議決定は、地方公務員の給与について、「地方公務員の給与に関する取扱いについては、現下の諸情勢等を勘案して、上記の措置が採られることにかんがみ、国家公務員に準じた措置を講ずべきであり、この旨を地方公共団体に要請するものとする。」としている。

(2) 自治事務次官は、右閣議決定を受けて、右同日各都道府県の知事及び政令指定都市の市長に対し、右閣議決定の経緯を伝えるとともに、「国・地方を通じて行政改革及び財政再建が緊急かつ重要な課題とされており、とりわけ地方公務員給与の在り方については国民の厳しい関心が寄せられているところである。また、地方財政は、昭和五〇年度以降の財源不足に対処するための多額の地方債発行、交付税特別会計の借入れ等により昭和五七年度末見込みにおいて、五〇兆円にも及ぼうとする借入金を抱えるに至っており、更に昨今の経済情勢、税収の動向等からみれば本年度においても歳入面でかなりの減収が出るものと予想されるように、国の財政と同様に極めて深刻な状況にあり、その再建が緊急の課題となっている。地方公務員の給与は、給与決定原則に則り、国家公務員の給与に準じて措置されるべきものであり、地方公務員の給与改定に関する取扱いについては、国家公務員の給与改定について現下の諸情勢等を総合的に勘案してその取扱いが閣議されたことを踏まえ……国の措置に準じて対処されるよう通知する。」旨の通知を発した。

(3) 国は未曽有の危機的な財政事情の下にあって、昭和五七年度の人事院勧告に基づく給与改定を見送ることとし、昭和五七年一一月二六日召集の第九七臨時国会で、昭和五七年度一般会計歳出予算に計上した国家公務員の本年度の給与改善費の減額補正を行うとともに、国税の大幅減収という事態から、地方交付税特別会計においても、昭和五七年度における地方公務員の給与改善に充当する財源として地方公共団体に交付された地方交付税の減額補正を行った。

(三) 北海道人事委員会勧告

(1) 人事委員会勧告の内容

右のような国の情勢のなかで、北海道人事委員会は、同年一〇月二二日、北海道議会議長及び北海道知事に対し、地公法八条及び二六条の規定に基づき、北海道職員の給与について一人当たり平均一万〇四四七円(4.53パーセント)の引き上げを同年四月一日から実施すべきである旨の勧告を行った。

(2) 人事委員会勧告の取扱い

北海道においては、厳しい財政状況や、前記の閣議決定、自治事務次官通知にかんがみ、政府や他の都府県の動向を見つつ、かつ、これらとの均衡を図りながら対処するとの態度で臨み、国家公務員の給与に準ずることが給与政策として適切であると判断して、その改定を見送った。なお、他の都府県もおおむね同様の態度をとった。

2 昭和五八年度の人事院・人事委員会勧告

(一) 人事院勧告の取扱い

(1) 人事院は、昭和五八年八月五日、国会及び内閣に対し、国公法二八条及び給与法二条に基づき、国家公務員の給与について一人当たり平均一万五二三〇円(6.47パーセント)の引上げを同年四月一日から実施すべきである旨の勧告を行った。

(2) 政府は、右勧告の取扱いについて、同年一〇月二一日、公務員の給与に関する取扱いについて閣議決定を行った。

右決定は、国家公務員の給与については、「一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける国家公務員の給与については、去る八月五日に人事院勧告が行われたところであり、労働基本権の制約、良好な労使関係の維持等に配慮しつつ慎重に検討を進めてきたところであるが、現下の経済社会情勢、異例に厳しい財政事情、国民的課題である行財政改革が推進されているなかにおける国民世論の動向等を総合的勘案し、昭和五八年四月一日から平均二パーセントの改定を行うものとし、その配分については、人事院勧告の趣旨に沿って措置するものとする。」とした。

(二) 政府の地方公共団体への対応

(1) 政府は、右閣議において、地方公務員の給与について、「上記の措置は、国・地方を通ずる緊迫した財政事情その他現下の諸情勢等を総合的に勘案して採られたものであることにかんがみ、地方公務員の給与改定を行うに当たっては国家公務員に準じて行うものとし、地方公共団体においても、国と同様、経費の節約を行う等歳出の一層の節減を図るとともに、既に国家公務員又は民間の給与水準を上回る地方公共団体にあっては、早急にその適正化を図るよう格段の努力を行うことを要請するものとする。」と決定した。

(2) 自治事務次官は、右閣議決定を受けて、右同日各都道府県の知事及び各政令指定都市の市長に対し、右閣議決定の経緯を伝えるとともに、「国・地方を通じて行政改革及び財政再建が緊急かつ重要な課題とされており、とりわけ地方公務員の給与、退職手当のあり方について国民の厳しい関心が寄せられているところである。また、地方財政は、昭和五〇年度以降の財源不足に対処するための多額の地方債発行、交付税特別会計の借入れ等により昭和五八年度未見込みにおいて、五七兆円余に及ぶ借入金残高を抱えるに至っており、国の財政と同様に極めて深刻な状況にあり、その再建が緊急の課題となっている。地方公務員の給与については、昭和五〇年度以降各地方公共団体において適正化のための努力が払われてきたが、なお、給与水準、制度、運用ともに問題が残されており、また、退職手当についても相当数の団体において国の支給水準を上回っている現状にあり、その適正化が急務とされている。地方公務員の給与は、給与決定原則に則り、国家公務員の給与に準ずるべきものであり、地方公務員の給与改定に関する取扱いについては、今回の閣議決定の趣旨に沿い……適切に対処されるよう通知する。」旨の通知を発した。

(3) 国は、昭和五八年度の給与改定を、人事院勧告の一人当たり平均6.47パーセントに対して、2.03パーセントの改定を行うとともに、昭和五八年度における地方公務員の給与改善に充当する財源措置を行った。

(三) 昭和五八年度の北海道人事委員会勧告

(1) 人事委員会勧告の内容

国の右のような情勢の中で、北海道人事委員会は、同年一〇月二一日、北海道議会議長及び北海道知事に対し、地公法八条及び二六条の規定に基づき、北海道職員の給与について一人当たり平均一万四九二一円(6.44パーセント)の引き上げを同年四月一日から実施すべきである旨の勧告を行った。

(2) 人事委員会勧告の取扱い

北海道においては、厳しい財政状況や、前記の閣議決定、自治事務次官通知にかんがみ、政府や他の都府県の動向を見つつ、かつ、これらとの均衡を図りながら対処するとの態勢で臨み、国家公務員の給与に準じて給与改定を行うことが給与政策として適切であると判断して、人事委員会勧告の6.44パーセントに対して、一人当たり平均2.02パーセントの改定を行った。なお、他の都府県もおおむね同様の措置を講じた。

三 代償措置と適用違憲

原告らは、人事院及び人事委員会勧告が勧告どおり実施されなければ、代償措置の機能を果たしているとはいえず、その場合、本件争議行為に地公法三七条一項を適用することは違憲である旨主張しているが、以下にのべるとおり、右原告らの主張には正当な理由がない。

1 国公法二八条二項及び地公法二六条は勧告について規定しているが、公の機関相互間において「勧告」という制度が採用される主な理由は、指揮命令の関係のない機関相互の間において相互の自主性を尊重しつつ、ある機関の専門的立場における判断ないし意見を他の機関に提供注入することによって、当該機関の任務の達成に遺漏のないようにしようとすることにあり、人事院等の勧告は、それが尊重されることを、もちろん前提としているが、法律上内閣(政府)や国会あるいは知事や議会を拘束する意味まで有していない。これは、給与等の勤務条件の決定が、他の競合する公共的要請と調和を図った上で決せられねばならない高度に政治的、政策的な決定であることから、これにふさわしい能力と資格をもった議会において決定すべきものとしたものであり、これも議会制民主主義の原理に由来するものである。結局、人事院等の勧告は常に完全に実施されることまで保障されているものではなく、右勧告をどのように取扱うかは、究極的には議会の政治的責任において決せられるべき問題であるというべきである。そうすると、以上の代償措置制度全体の構成及びその一環である人事院等の勧告制度の仕組みによれば、議会の財政需要に関する裁量判断の結果、人事院等の勧告の全部又は一部が実施されない事態が生じたとしても、このことから直ちに、代償措置制度が機能を喪失したということはできない。

公務員に対するいわゆる代償措置は、本来保障されている争議権を奪った代償としての措置ではなく、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念から要請されるものと解すべきであり(最高裁四・二五判決、最高裁五・四判決参照)、その代償措置の内容が憲法の要請に応ずるものであるか否かは、その生存権擁護の理念を充足するものであるか否かを基準として具体的に検討されるべきである。

2 人事院勧告の実施

(一) 昭和五七年度の人事院勧告の実施

国は、未曽有の危機的な財政事情の下において、国民的課題である行財政改革を担う国家公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があること、官民給与の較差(4.58パーセント)が一〇〇分の五未満であること等を総合的に勘案して、給与改定を見送った。

(二) 昭和五八年度の人事院勧告の実施

国は、経済情勢と厳しい財政事情及び国民的課題である行財政改革が推進されているなかにおける国民世論の動向等を総合的に勘案して、給与改定を人事院勧告の一人当たり平均6.47パーセントに対して、2.03パーセントの改定を行うことにし、実施した。

政府及び国会がこのような人事院勧告の実施見送り並びに一部実施を決定した理由は、異例に困難な財政事情、経済・社会情勢、世論の動向等の結果であり、これらの措置は、人事院勧告を受けた政府が、国政全般との関連を考慮して、その取扱いを決定し、最終的には国権の最高機関なる国会の判断を仰いでなされたものである。

3 北海道人事委員会勧告の実施

(一) 昭和五七年度の北海道人事委員会勧告の実施

昭和五七年度の北海道人事委員会の勧告は、職員一人当たり平均4.53パーセント(一万〇四四七円)引上げるという内容であり、北海道においてこの勧告を完全実施するとすれば約二二〇億円の財源が必要であった。

一方、歳入の見通しは、地方交付税については、地方財政計画の年度当初において一パーセントの給与改善を見込んで交付したものを、国が人事院勧告の実施を見送ることになったことに伴い給与改善費の財政需要が減少したので減額措置がとられ、また、国庫支出金(国庫負担金)の支出もなかったので、右人事委員会勧告の実施に充当すべき財源は皆無の状態であった。加えて、道税の収入は当初予算に比べ約八四億円の減収であり、財政調整基金等も年度当初において五〇〇億円を取り崩しており、翌年以降の財政状況を勘案すればその流用も不可能な状態であった。

(二) 昭和五八年度の北海道人事委員会勧告の実施

昭和五八年度の北海道人事委員会の勧告は、職員一人当たり、平均6.44パーセント(一万四九二一円)引上げるという内容であり、北海道においてこの勧告を完全に実施するとすれば約三一〇億円の財源が必要であった。

一方、歳入の見通しは地方交付税、国庫支出金(国庫負担金)については、国家公務員の給与改定に準ずる分しか見込まれず、加えて、道税の収入は当初予算に対する減額補正こそなかったが、前年に比べ4.9パーセント(約一六〇億円)の伸びしかなく、財政調整基金等も年度当初において四一〇億円を取り崩しており、翌年度以降の財政状況を勘案すればその流用も不可能な状態であった。

4 本件に係る人事委員会勧告について、北海道は、右のような厳しい財政状況のなかで、政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的配慮のうえに立って、昭和五七年度においては、国からの何らかの財源措置が講ぜられない限り人事委員会勧告の実施は財源的に困難な状況であることや、給与決定の原則に基づき国家公務員の給与に準ずることが給与政策として適切であろうと判断して右勧告の実施を見送ったものであり、また、昭和五八年度においても、北海道が人事委員会勧告を完全に実施するために財源を独自に確保することは不可能な財政状況にあったので、国の財源措置を考慮するとともに、給与決定の原則に基づき国家公務員の給与に準ずることが給与政策として適切であろうと判断して、人事委員会勧告6.44パーセントに対して2.02パーセントの引上げを実施したものである。

そして、昭和五七年度においても、同五八年度においても、定期昇給は例年どおり実施され、おおむね物価上昇に見合う分の昇給は行われているのであるから、人事委員会勧告が実施されなかったことにより、地方公務員の生存権が危殆にひんするがごとき事態を生ずるに至っていなかったということができる。

したがって、人事委員会勧告が完全には実施されなかったことをもって直ちに代償措置制度が機能していないということはできず、まして原告らの争議行為が正当化されるものではない。

5 原告らは、争議行為の目的の正当性と代償措置との関係について言及しているが、代償措置は、すでに述べたように制度上適切に整備されているということができ、また、公務員の労働基本権制限の代償措置としての諸制度は、公務員の身分保障と勤務条件の諸点に及ぶものであって、給与勧告のみが唯一の代償措置ではないことにかんがみれば、この点に関する原告らの主張は失当といわざるをえない。

四 原告らは、争議行為の国民生活に与えた影響について言及し、地方教育公務員の業務の停廃は国民全体の共同利益、又は国民生活全体の利益を著しく侵害するものではないと主張する。

しかし、教育の本質は、単に知識や技能を授け体力を養うことにのみあるのではなく、憲法の理想の実現は、「根本において教育の力にまつべきものである」(教育基本法前文)という前提のもとに、教育は「人格の完成をめざし、……心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」(同法一条)ものであって、この憲法並びに教育基本法の理想の実現に寄与するに足る人格の育成にこそ教育の本質があるといわなければならないのである。したがって、教育が右のように次代の社会の形成者の育成という極めて重要な役割を果たすものであるが故に、「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」(同法二条)のであって、教育の形態としては、学校教育以外に家庭教育や社会教育があり、いずれも重要な意味と特色を有するものであるが、およそ学校教育を欠いて教育が成立するものではないことは多言を要しないところであり、学校教育においてはじめて家庭教育や社会教育では得られない最も基礎的かつ専門的な教育がなされるのであり、それ故に、公教育の必要性が強く認識され、国又は地方公共団体自らが教育の事業主体として、公教育制度を組織し、運営しているのである。右のような公教育の果たす役割と機能の重要性にかんがみれば、公教育の停廃は、たとえそれが短時間であったとしても、それ自体国民全体にとって著しい損失というべきである。

地方教育公務員の争議行為が教育に及ぼす影響について、都教組(行政)事件に関する東京高等裁判所昭和五一年七月三日判決(行裁集二七巻七号一〇〇六頁)は、「教育は物品の生産ではなく、特に、成長期にある児童・生徒に対する教育はその身心の発達に即応し、時々刻々の触発を積み重ねて発展形成されるもので、一日のくり返しもないところに特色があるのであるから、一日の欠落を他の時間をもって補充することは本来的に教育に親しまないものである。特に知的教育に重点をおき進度の遅れの回復だけで教育計画を支障なく完遂できたとするのは、教育の一面だけを強調して他の面をかえりみないものであり、児童、生徒の教育が人格の開発をめざして全的に行われることを軽視する点で失当であ」るとし、また、佐教組事件に関する福岡高等裁判所昭和五八年五月二七日判決(行裁集三四巻五号八五一頁)も、「そもそも教育は、単なる知識や技術の教示にとどまるものではなく、教職員と児童生徒との人間的接触を通して人格形成の指導がはかられるべきものであり、教職員の一挙手一投足は、感受性に富む児童生徒の人格形成上重大な影響力を有していることもまた明らかであるから、たとえ、右教科の遅れが容易に回復できる程度のものであったとしても、教職員が多くの父兄たちの反対を押し切ってまで本件休暇闘争を敢行し、法に違反してでも実力を行使して要求を貫徹しようとしたことにより、これが純真無垢な児童生徒に与えた精神的な不安、動揺は決して軽視し得るものではない」と判示しているのである。

したがって、地方教育公務員の業務の停廃は、国民全体の共同利益を著しく侵害するものではないとする原告らの主張は、公教育に対する正しい認識を全く欠くものであり、失当である。

第四 争点4(本件処分が懲戒権の濫用に当たるかどうか。)について

(原告ら)

公務員に対する懲戒処分において、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合は、その懲戒処分は違法となる。本件争議行為は、人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施を要求するものであったところ、以下のとおり本件争議行為の目的、手段は相当なものであり、その影響はわずかだった一方、原告らが本件処分によって受けた不利益は甚大である。したがって、本件処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権の濫用というべきである。

1 本件争議行為の目的は、それまでは完全実施が「慣熟した慣行」とされていた人事院勧告及び人事委員会勧告が昭和五七年度には凍結され、昭和五八年度には大幅値切りされるという異常・異例の事態に際して、教職員を含む全国の公務員が人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施を求めたものであった。

人事院勧告ないし人事委員会勧告の各制度は、公務員のストライキの制約が合憲とされるための代償措置、特に、公務員の賃金の引き上げに関しては唯一の代償措置とされるものであり、人事院勧告ないし人事委員会勧告の各制度が完全実施されてはじめて公務員労働者も民間労働者と同じ水準の給与を確保できることになるのであるから、公務員が自らの生活を維持向上するために人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施を要求することは極めて当然の正当な要求である。

また、人事院勧告ないし人事委員会勧告が完全実施されない場合には、公務員労働者が民間労働者と比べて低い給与を強いられることになるのであるから、人事院勧告ないし人事委員会勧告は政府・地方公共団体によって誠実に履行されるべきものである。しかも、本件では、民間労働者は春闘で賃金引き上げを実現し、三公社五現業職員(公労法適用職員)は公共企業体等労働委員会の仲裁裁定の完全実施により給与引き上げがされたのに、国家公務員及び地方公務員についてはこの代償措置たる人事院勧告ないし人事委員会勧告が、昭和五七年度には凍結、昭和五八年度には大幅値切りされ、そのことによって著しく不公平な取扱を受けたのである。

歴史的にも、政府が人事院勧告を実施時期の点で不完全にしか履行しない状態が長い間続き、国家公務員だけでなく地方公務員も経済的に甚大な不利益を被り、昭和四一年からはその公務員労働者が多大の犠牲を払いつつも人事院勧告完全実施を求めてストライキを実施した結果、政府も年毎に実施時期の遅延解消を図り、昭和四五年からは今後は完全実施することを公の場で確約するに至って漸く完全実施されることになり、昭和五五年度まで人事院勧告の完全実施が「慣熟した慣行」として定着していたのである。ところが、政府は、昭和五七、五八年度において、人事院勧告を完全実施することが可能であり、完全実施に向けて努力する旨言明していたのに、人事院勧告の完全実施を迫る世論に背き、「未曽有の財政危機」を口実にして人事院勧告の凍結・大幅値切りを敢行し、北海道も、独自に人事委員会勧告の完全実施が可能であり、当初、人事委員会勧告の実施については北海道が主体的に判断して決めると回答していたにもかかわらず、国に追随して人事委員会勧告を凍結・大幅値切りしたのである。しかも、政府・北海道当局が人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施を怠ったのは昭和五七・五八年度に止まらず、昭和五六年度から同六〇年度まで前後五年間に及んだのである。このような状況のため、北教組としてはやむなくストライキに突入したのである。

政府・北海道当局が使用者としてなすべき責務を果たさないでおいて、公務員がストライキを実施したからといって懲戒処分だけは厳正に行うというのは、労使関係の信義に反して許されないことである。まさに、「厳しく争議行為の禁止を求めるなら代償措置としての人事院勧告を完全実施するのが当然、それを処分だけするというのでは理不尽であり不条理」なのである。

2 原告ら教職員公務員が人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施を求めて本件争議行為を実施せざるを得なかった原因及び背景には、日常的な長時間かつ過密な勤務実態があり、それに比べて賃金をはじめ休暇・研修などその他の労働条件が極めて劣悪であるという実情がある。子どもの「非行」「不登校」など教育上極めて困難な課題に立ち向かい、部活や進路・進学指導などの過密・長時間労働に追われている教職員が、毎月の給与では足りなくて、ボーナスによる貯金を取り崩して赤字を補填したり、例年であれば年末に人事院勧告(ないし人事委員会勧告)完全実施によるベースアップ分の差額が支給され、それで毎月の家計の赤字が補填され正月を迎える準備ができるという惨めな経済状態に置かれているのである。しかるに、本件では、人事院勧告ないし人事委員会勧告が、凍結・値切られたため赤字の填補すらできない状況に追い込まれたのである。

3 本件争議行為の態様は、いずれも、わずか二時間という短時間のもので、単に職務の提供を一時的に停止するという単純不作為のものである。それによる影響については、ストライキの実施は事前に教育委員会及び学校長に通告しており、あらかじめ児童生徒の授業への対策を講じ、障害児学校などでは保安要員も確保するなどしていたことから、当日の学校現場での混乱はなかったものであり、また、ストライキによる授業への遅れが多少あったとしてもその後の年間授業計画の中で十分に回復可能なのでその実害もなかった。更に、もともとストライキの実施が当局の人事院勧告ないし人事委員会勧告の凍結・大幅値切りという不誠実さによるものであるから、児童生徒が一方的に教職員に対して不信感を抱くということは考えられず「精神的悪影響」なるものも認められない。父母の教職員に対する感情も、多くの市町村議会が人事院勧告完全実施の意見書等を採択したことに見られるように、むしろ教職員のストライキに理解を示していたのである。

4 本件処分により原告らが被る不利益として、減給六か月の懲戒処分それ自体に加えて、いわゆる昇給延伸がある。昇給延伸自体は、本来の昇給期に昇給を得られず、昇給が一期三か月伸ばされるということであるが、昇給された場合との給与額差額の不利益は退職するまでの間解消されないばかりでなく、一時金、退職手当、各種付加金その他すべての待遇面に影響を及ぼすのである。

5 本件争議行為は、公務員共闘の全国統一ストないし道地公四者共闘の統一ストの一環として実施されたものであり、本件争議行為に対する懲戒処分は、当初は原告ら北教組中央執行委員及び支部長に発令されたものである。その後、支部長の関係では北海道及び札幌市の人事委員会の裁決で処分が取り消された。なお処分が維持されているのは原告ら中央執行委員だけであるが、ほかと比べて不公平である。

6 以上、本件争議行為の目的、原因、背景、態様、その結果としての影響、処分の苛酷性、不公平性など諸般の事情を考慮すると、本件処分は、信義と公平の観念に著しく反するものであり、社会観念上著しく妥当を欠く処分として違法と評価されるべきであり、取消しを免れないというべきである。

(被告)

原告らは、本件懲戒処分が裁量権の範囲をこえ、懲戒権を濫用したもので違法である旨主張しているが、以下に述べるとおり、右原告らの主張には正当な理由はなく、原告らの明白な違法行為に対して被告が行った本件懲戒処分は、懲戒権者としての裁量権の正当な行使であって、何ら懲戒権の濫用というべきものではない。

1 公務員に対する懲戒制度は、公務員に法令違反等があった場合に、公務員関係の秩序維持を目的として、当該公務員に対して課する制裁であるところ、地公法は、二九条一項各号所定の懲戒事由がある場合に、同項所定の処分をすることができると規定しているのみであり、処分をすべきか否か、あるいは、いかなる処分を選択すべきかについては、同法一三条、二七条一項及び五六条の規定に従うべきこと以外には具体的基準を設けていない。

したがって、同法三七条一項に違反して争議行為をなした者に対して懲戒処分をすべきか否か、あるいは、いかなる処分を選択すべきかについては、懲戒権者の裁量に任されているといわなければならない。そして、裁判所は、右の裁量の限度内の処分についてはこれを取り消すことはできず、裁量権の範囲をこえ、又はその濫用があった場合に限ってこれを取り消すことができるにすぎないのである(行政事件訴訟法三〇条)。

最高裁判例に則してみると、神戸税関事件に関する最高裁昭和五二年一二月二〇日判決(民集三一巻七号一一〇一頁)は、「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。」と判示したうえで、懲戒処分に対する司法審査方法及び司法審査の及ぶ範囲について、「裁判所が右の処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って、懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである」と判示している。そして、右の判例の見解は、前述した公務員懲戒制度と裁量の違法に関する公務員法及び行政事件訴訟法を正しく理解したものであるという点において、また、右の見解がその後の全逓東北地本事件に関する最高裁昭和五三年七月一八日判決(民集三二巻五号一〇三〇頁)等においてそのまま踏襲され、最高裁判例として確立したものということができるという点において、最大限に尊重されるべきものである。

2 原告らは、本件懲戒処分が懲戒権の濫用であるとする理由として、人事院勧告ないし人事委員会勧告の凍結もしくは値切りという異常事態のもとに、本来の代償措置の正常な運用を求める行為に対してなされた一方的な処分であること、また、その目的達成の重要性に比較して、実施された争議行為は僅かに二時間という短時間であって、国民生活全体の利益に重大な障害を与えるものではないこと、さらに、昇給延伸という過酷な措置が伴い、退職まで著しい経済的損失を被るものであることなどを挙げているが、人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施を目的としていることを理由として争議行為を正当化することはできないのであり、公教育の停廃は、たとえ短時間であっても国民全体にとって著しい損失であることは前述したとおりである。

また、懲戒処分に伴う昇給延伸措置は、懲戒処分自体の効果ではなく、給与制度上の措置であることを考慮すべきものであり、北海道学校職員の給与に関する条例第六条第五項本文及び同条項を準用する市町村立学校職員給与負担法に規定する学校職員の給与に関する条例第二条第二項は、「学校職員が現に受けている号俸を受けるに至った時から、十二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、一号俸上位の号俸に昇給させることができる」と規定しており、この昇給は職員の権利として当然に予定されているものではないのであるから、懲戒処分を受けた学校職員は、勤務成績の良好であることの証明を得られないものとして、最短昇給期間で昇給させられなくともやむをえない措置なのである。そして、この措置は、懲戒処分を受けた者すべてに適用されるのであるから、違法な争議行為を行った原告らが当然受忍すべきものであり、これをもって本件懲戒処分を過酷とする原告らの主張は失当である。

したがって、原告らが、本件懲戒処分は懲戒権の濫用であるとして、その根拠として主張する点はいずれも理由がないものである。

別紙懲戒処分一覧表〈省略〉

別紙北海道の財政状況(一般会計)〈省略〉

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